学生の活動

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修了生に聞く、プラットフォーム学で得たもの、プラットフォーム学を通じて考えたこと

 京都大学プラットフォーム学卓越大学院プログラムを修了した修了生がついに誕生しました。2021年のプログラム設置以来、主専攻と二足の草鞋を履きながら、新しい学問領域「プラットフォーム学」について考え、自らプラットフォームの構築にも取り組んできた修了生3名の経験談、そして後進へのメッセージをプログラムコーディネーターの原田博司先生のナビゲートでお届けします。手探りで始まった初年度から、晴れての修了/学位取得までを振り返りながらの生の声です。
 本プログラムをいま履修されている学生の方も、これから修士/博士後期課程に進まれる方も、ぜひ参考にしてください。

<本日の出席者>
情報学研究科 社会情報学専攻 博士後期課程3年 松木彰さん
農学研究科 応用生物科学専攻 博士後期課程3年 小川真由さん
情報学研究科 情報学専攻(通信情報システム) 博士後期課程1年 森聖太さん

プログラムコーディネーターの原田博司先生

プログラムを終えて

── このたびはおめでとうございます。この3年間、博士後期(ドクター)課程の修了を目指して苦労もあったことでしょう。まずはこのプログラムを志望した動機や研究に対する苦労から始めましょうか。

松木 「プラットフォーム学が始まる」という記事が大学に出たとき、私は修士の2回生でした。グーグルのように、社会の前提を変えるようなあたらしい技術、そこから生まれるあたらしい社会。このプログラムであれば「きっと、大きなことができる」「そういう巨大さに自分も触れてみたい」というのが率直な思いでした。
 ドクターは自分で研究テーマを作り、計画を立てて進めていくことが求められます。最短3年で修了するためのペース配分は大変でしたし、それにプラスして「プラットフォーム学」という新しい学問とは何かと考えていく必要もありました。指導教員からのアドバイスもあり、最初の2年間はプラットフォームを作ることに専念し、残りの1年でどうまとめていくかを考えました。
 結果、自身の研究を広い視点で見つめ直したり、デザインしたりができたこと、あるいは情報学研究科に身を置いているから部分的につくれるものなどもあり、自分なりのプラットフォームをデザインすることもできたと思います。本当に手ごたえのある三年間でしたし、振り返ればあっという間でもありました。

小川 私は(当時プログラムの専任教員だった)木村里子先生にお話を聞き、自分の研究を発展させられるかもしれないと考えたからです。“海洋騒音問題”に取り組むため、いろいろな分野の知識や視点が必要だと思ったのです。
 当時想像していた“プラットフォーム”は、いま考えれば“データベース”に近いものだったかもしれません。プラットフォーム学については「そもそもプラットフォームとはどういうものなのだろうか?」、農学的な観点で「どうやって自分の研究に入れていくのか」について、指導教員と対話し続け考え続けましたが、最後に「こういうものかな」とわかったものをまとめています。結果、「よりよい世界を作るために必要なものは何か」と自分に問い、考えることができましたし、予想よりも大きな構想とその実現に必要な考え方を習得できたと思っています。

 私の専攻である「通信」は、農学、医学、防災などさまざまなアプリケーションで活用することを前提に研究開発されており、それ自体がプラットフォームであり、応用する現場領域についていろいろな知識を持っておくことも重要だと考え、志望しました。プログラムがスタートすると知ったのは、ちょうどB4(学部の4回生)のときです。博士後期課程では「論文が何本必要である」など、修士よりも厳密に目標とゴールが設定されています。早期修了を目指していたため、それを達成しながら自分の研究を進めていく必要があるのが大変でした。3年分の内容を1年に凝縮して進めるのはとても濃くて楽しい反面、大変さもありました。
 プラットフォーム学に関してはドクターに入ってからの“フィールドリサーチインターンシップ”など、プラットフォーム学を修了するためのイベントがいくつもありました。この半年、1年でこなすべき事柄はとても多かったです。

── 皆さん、本当によくこなされましたね。

プラットフォーム学のプログラムで得た体験

── プログラムは教科書も何もない状態で始まりましたが、いろいろな授業を通じてわれわれが提供したかったのは“さまざまな知識の箱”です。プラットフォームを構築する上で必要となるさまざまな“要素”を“箱”として提供し、その中に入っている細かな内容は分からなくても、こういう箱があってその中を探れば、プラットフォームの研究を行いたいときに手段として使えるものが見つけられるという手ごたえを持ってもらいたいと考えていました。
 そのために “展望”でプラットフォームを構築する上で必要な情報通信に関する要素技術を紹介し、“セミナー”で農業、医学、防災を中心としたユースケースを示しました。 実際に自らデバイスを使ってプラットフォームを構築する“実習”や博士後期課程の初年度に企業の方と直接打ち合わせる機会なども用意しました。ほかにも法律の知識、標準化のノウハウ、資金集めの方法などにも触れました。

松木 プラットフォームを作っていく基礎的な知見は、講義やセミナーでひととおり得られたと思っています。民間企業や先生方から、いま“どんなプラットフォーム”があり、“どこにむずかしさがあるか”を聞くことができました。こういった生の声はニュース記事を読むだけでは分からないことで、このプログラムに参加してよかったと感じたところです。

小川 講義やセミナーを通じて、研究の要所、要所で役立つ知識が得られたと思います。機械学習や情報処理などの基礎的な知識によって、農学とほかの分野をどうつなげていくかについての示唆が得られ、研究にもスムーズに取り組めたと思います。生物の分野は、社会実装の観点でアウトプットを出すのが難しい分野です。そもそも、社会実装という発想が乏しく、生態学的にどのような面白さがあるかという部分に議論や関心が向かってしまいがちです。結果、プラットフォームに結びつけるのが難しいのですが、いろいろな先生方の話を聞き、ユースケースを学ぶことで活用のイメージが広がり、“結びつき”を作るヒントが得られたように思います。
 社会実装=ビジネスにつなげるという方向性でずっとお話しを聴けたことは“申請書”を書く際にも良かったと思っています。生物学的な面白さだけで書き始めると、最後の社会実装や社会への還元に何を書くかで頭を悩ませることになります。ビジネス的な目線で社会実装をどうするかを考え続けた結果、そのつなげ方が分かるようになってきたように思います。
 教育を取り上げた連続セミナーの第25回「多様化する学びとプラットフォーム学」も思い出に残っています。自分の研究でモデルを作る際には汎用的なモデルを作るにはどうしたらいいかと考えてしまいがちです。そのため、ひとりひとりに対応させたカリキュラムを作る仕組みが個人的には衝撃的でした。

── 教育の回はビッグデータを集めて、そこをうまく整理/解析して、個別化をきれいにしていた例でした。ほかの分野でも応用できそうな例でしたね。

小川 人間が使う道具は個人個人に合ったものがサジェストされるのが当たり前です。しかし、研究では「個別化はあまりなされない」という気づきがありました。海洋騒音問題の研究でも、だいたい同じグループに分類し、大雑把にまとめて適用している段階です。今後は個体識別をして、個体ごとに適用させていかなければいけないのかもしれません。

── 情報系の講義の難易度は、農学研究科の人にとっても適切でしたか?

小川 そうですね……。何をやっているのか、何を目的としているか、どうやっているかといった大枠は理解できました。ただし、専門用語が出てくると追いつけない面もありましたので、自分で調べて補う必要もありました。
 とはいえ、授業からは「まったく知らないことだった」「こういうこともできるんだ」という驚きが得られ、楽しい経験でした。大枠とできることがわかれば、そこをベースにしながら、自分で手を動かしながら進んでいけます。自身の研究に適用する際に、どのようなものがあるか調べるという最初のステップをスキップできたことはよかったと思います。

── 逆に森さんは通信が専門なので、どういう場所でどういうアプリケーションに展開するかという利用領域をなるべく広く見ることが大事だと感じていました。これについては、修士の2回生に向けたケーススタディー(ユースケース)の授業があったと思います。プラットフォーム学の視点で、農学、医学、防災の各先生のお話を一気通貫で聴いて感じたことはありましたか?

 そうですね。これら3つの分野にはすべて、基本的なプラットフォームがあるのは分っていました。例えば、医学では電子カルテやレセプト情報を集められます。ただ、ここで問題となるのは、データ自体はいろいろな場所から集められても、形式が統一されていなかったり、著作権や法律的な部分の制約があったりして、利用に制約が出る点です。こうした状況は、通信など技術面から改善できることはあまりありません。また、現状では通信に大容量、低遅延が求められるケースはそこまで多くありませんが、ユースケースを学ぶことで、農学であれば自動運転のトラクター、医療であれば遠隔医療など、新たな領域が考えられることも分かりました。防災プラットフォームにおいては患者の情報と結びつけて治療や医師の派遣などの優先順位を付けることも考えられます。こういった統一を考えるきっかけが得られたと思います。
 連続セミナーでは、さまざまな分野でどんなプラットフォームがあるかを知れたのは大きかったと思っています。プラットフォームを作るために、どこに着目して、お金を集め、実現していくかを知れたことも面白かったですね。表のきれいな情報は調べやすいですが、裏で泥臭いことをやっていたのか。どのような意図があったのかを個別の座談会の時に質問できたのも面白かったです。(一般公開する前半と履修生と登壇者が直接話せる後半があり)個別に質問できたのもよかったです。ここもプラットフォーム学ならではですね。

小川 真由さん/農学研究科 応用生物科学専攻

プラットフォーム学が自分の研究に与えた影響

── プラットフォーム学を通じて、ほかの分野の何かを取り込もうという考えは生まれてきましたか?

松木 防災学が主に対象とするのは、自然災害や被害をこうむる社会であり、人にフォーカスがあたりがちになります。これが生物や医学が関連するかというと、部分的には関連するけれど、直接的には関連しません。ここに防災特有の性質があるように思います。
 博士論文に向けた研究では、地理空間情報からデジタル都市を作り、そこで人を動かすシミュレーションができるプラットフォームを作りました。これは防災であれば人の避難になりますが、混雑が生じれば通信の問題が発生しますし、交通の話にもつながっていきます。助ける人がここにいるからどうするかとなれば、今度は医療の問題になってくるでしょう。防災用のプラットフォームをそのまま転用するのは難しいですが、防災分野で出てきた知見を他の分野のインプットに変えていくというきっかけは作れそうだという実感は得られました。

── 研究対象は防災だったが、ほかのアプリケーションと横断的につながる根っこはつかめたということでしょうか。

松木 博士論文ではそこまで言っていないのですが、デジタル化した都市の上を人が動くシミュレーションなので、人を動物に変えたら生物になりますし、人から生まれる社会問題を日常的に扱えば、別の分野にも適用できる内容になると期待しています。どう扱うかについての連携は必要でしょうが。

── 小川さんはスナメリを対象に生物と環境問題について研究をしてきました。最終的には、海の中に環境雑音が増えてきて、生態系に影響を及ぼすかもしれない。それをどう守るかという大きなテーマへと広がっていきました。論文をきれいにまとめる中で、タコツボ的な研究から俯瞰するような視点への変化があったと考えてもいいのでしょうか?

小川 はい、そうですね。生物では、食物連鎖の関係で下位の餌生物の分布が上位の生物の分布に影響を与えます。いままでは個体数が少ない頂点捕食者が研究として重要だと考えられていたのですが、下位にも目を向けてより広く研究しないといけないのだなというのが分かりました。それをプラットフォーム化すれば、種の数をもっと増やして転用していけるなとも感じました。自分の研究は、本当に小さな一要素に過ぎないかもしれないですが、これを広げれば大きなプラットフォームに昇華していけると考えています。

── 論文の中でも、スナメリなど個体によって、雑音に対する反応が違う。人間もそうだろう。静寂の中で過ごしていた種が、人間など騒音を生み出す別の種による干渉が生じ始めて、共存なのか、除去なのかを選択すべき時代になってきました。まさにホットトピックになりそうな事柄です。その中で、個体の研究というよりは、それを守るためのプラットフォーム。環境問題にも対応できる共通基盤が必要なのだと感じました。博士論文の公聴会などを通じての感想です。

小川 「どこまでまとめるか」も重要です。人間でも個のばらつきがある中で、どこまでひとくくりにして扱うべきかという議論が盛んです。どこまで細分化して考え、影響評価し、プラットフォームに当てはめていくのかは、私自身が考えたプラットフォーム以外でも重要になっていきそうです。どこまで含め、どこまで応用できるかのかがカギになるのではないでしょうか。

── これは通信の干渉を取り除き、いろいろな周波数を共存させていくという森さんのテーマにも通じるところがありそうです。5Gから6Gへ移っていく中で、プラットフォームを考えつつ、干渉など電波の環境問題も考えていく。その2つに取り組んできたと思います。プラットフォームの視点ではその両方が必要に思います。ひとつは様々なアプリケーションに応用するためのプラットフォーム、もうひとつはこれからの電波環境をうまく利用していこうとするプラットフォームです。

 大容量のデータを使おうと思うと、使える周波数が限定されていきます。こういった現状がある中、周波数の利用効率をできるだけ大きくするのが私の研究でした。私の研究は特に上りと下りの通信を同じ周波数かつ同じ時間でやろうという“帯域内全二重通信”についてなのですが、これは国際的な機関である3GPPでも今後できれば利用していきたいと考えられている技術です。その際に発生する干渉を除去する技術を研究しています。特に問題になっている、上りの端末と下りの端末で干渉してしまう、端末間干渉は帯域内全二重通信と呼ばれている技術の中でも特に大きい干渉で、絶対に除去しないといけません。今回は電波でIBFDを行ったときの除去をやりましたが、IBFDは水中の音を使った通信でも採用されています。今後は宇宙でも使われていくでしょう。帯域内全二重通信の電波干渉を除去する研究で今回提案した方式は水中でも宇宙でも発展させられると思うので、プラットフォームに発展する可能性があるのではないかと思います。

── 小川さんの問題を森さんの方法で解決できる時代も少しずつ来ているのかもしれません。

 水中ドローンで映像をリアルタイム伝送する研究を行っている機関もあります。このIBFDを使うことで、それをもっと高画質にできるかもしれません。それをスナメリの観察に使ってもいいかもしれないですね。

── それはスナメリにとってはものすごく迷惑かも(笑)。人間のエゴだけでやっていくのはいけない。そして、問題が出てきたら、松木さんの研究している人の動態のモデリングを海の中の生物のモデリングにも応用するという考えも出てくるでしょう。本来なら湾内にずっといる個体が、船のノイズで外に追い出されるなんてことも起きていそうです。人間の世界と同じような問題と言えますね。

森 聖太さん/情報学研究科 情報学専攻(通信情報システム)

専攻分野との両立に負担はなかったか

── 博士後期課程を修了しないといけない中、付加的な負担になりませんでしたか?

松木 三年通して考えれば適切で、過大な負担はありませんでした。少なくはないけれども、こなせないほどではないと思いました。一期生なので負担度合いも手探り、後輩のカリキュラムも毎年変わっています。当然、その都度の挑戦はありましたが、やることが格段に増えたというよりも、研究科の課題をプラットフォーム的な視点で見直せばどうなるかが主であり、プラットフォーム学のためだけに、まったく新しい研究をしたわけではありません。結果的に、研究ボリュームはプラス一割程度に収められたのではないかと思っています。

小川 私は逆に研究室にこもっているとはまってしまうところから気を晴らすようにやっていた面がありました。プラットフォームの授業で研究室の研究から少し離れて、自分の研究を俯瞰して冷静に見られてむしろ良かったです。研究室外で話せる人が増えたというのもいい刺激になりました。

── 博士後期課程の1年目(D1)は誰もが同じように悩む時期です。博士論文という大きなストーリーの起承転結を作れずに悩んでいる。その気持ちを共有できたのはよかったということですかね。修士と博士一年という形で修了した森さんはまた違う感想を持つかもしれません。

 修了に必要な単位は多くなりますが、プラットフォーム学の授業はちゃんと単位に含まれるし、むしろいろいろな話が聞けて面白かったという印象です。授業に対する負担はありませんでした。これ以外に、リサーチインターンシップ、フィールドリサーチなどのアドオンがあって、ICTイノベーション、国際シンポジウムなどにも年間何度か出る必要がありましたが、ここも負担よりもほかの研究者と話せる機会になる点が大きかったと思います。特に僕は、研究室にドクターの同期がいないので、ありがたかったです。新型コロナウィルス対策の行動制限がなくなってからは飲み会なども開催されて、話せる機会も増えました。メリットのほうが大きかったと思います。

研究所の外に飛び出るフィールドリサーチについて

── フィールドリサーチの話が出たので少し振り返りましょうか。松木さんは国内の研究所でしたね。

松木 学内や研究室を離れて、違う環境で自分の研究や新しい研究をやるのは新鮮でした。私は民間企業に行きましたが、社会実装や課題解決といったビジネスの観点で研究内容をどう評価していくという点で新しい発見がありました。

── 同じことは企業インターンシップでもできるかもしれないが、自分の研究に絡むので一人称で取り組めるのがいいところですか?

松木 はい。私の場合、最初は企業側であらかじめ用意してくれていたテーマがありましたが、「研究でこういったシミュレーションをやっている」と説明したら、自分のテーマに合わせてくれた面もありました。新しい視点が得られ、自分のテーマがこう評価されるという示唆も得られたと思います。

── 小川さんは忙しい中、スペインに五ヵ月間の武者修行に出られました。提案書を見てすごいなと思いましたが、不安はなかったですか。

小川 最初の1ヵ月は大変でした。長期の海外は初めてで、不安だらけでした。つい母に電話して弱音を吐いてしまうこともありました。慣れてきたのは2ヵ月目からです。スペインなまりの英語にも慣れ、「楽しみながらやろう」と思えるようになってきました。散歩をしながら、スペイン人を観察して日本とは違うなぁと思ったり、朝からお酒を飲んでいるスペインの人たちを見て元気をもらったり、ラボで優しくしてもらったりと異国の文化を肌で感じられました。

── 外国人と見えていた人たちが、同僚と感じられ、異国の生活が日常になったということでしょうか。帰国後は英語も上達し、質問にも十分返せていましたね。自分でも強くなったと感じましたか。

小川 語学が上達したかは分かりませんが、異国でも生活できるという自信が持てました。周りを気にせず、自分がすべきことをすればいいんだと思えるようになったのも大きいですね。私はドクターから分野を変えたこともあり、遅れているという焦りがありました。でも、焦ってもいいものは作れません。メンタルの維持が一番大変でした。このきつさが緩和されたのは、留学を経験してからです。
 海外の研究者の人の目を気にせず、自分のペースで研究を進めている姿を見て、「自分のペースで頑張ればいい」と自分を認めることができました。

── 森さんは国内と海外の両方に行きました。

 前半の国内のフェーズでは企業の研究開発部門でいろいろやりました。大枠の目的は標準化団体の3GPPで提案して、採択されるように調べたり、提案書を書いたりでした。寄書を読んで理解して提案する過程は研究ともかなり似ていると思う反面、企業と研究所の違いもみえました。
 企業では特許を出さないといけない。そこがメインです。大学は論文を出すことが第一優先。企業では特許を出すための手順が整理されています。次の日には出願できるほどです。一方で大学では様々な審査会の手順を踏んでやっと出す形なので、スピード感は失われていると感じました。どちらがいいのかはわからないですが、自分たちの技術を5Gや6Gに入れていくには特許出願が必須ですから、そこの整備は必要だと思いました。
 フランスでは、日本人と外国人の違いがよく見えました。標準化の会合に参加すると、日本よりも中国系、韓国系、欧米の人のほうが発言の数が多く、積極的に参加している印象を受けました。日本の技術を導入するためには、研究開発の質も大事だが、売り込んでいく、発言していく力を身に着ける必要があると感じました。これが日本として全員ができないとダメだというのを強く感じました。研究も大事ですが、特に通信では標準化も重要ですね。

松木 彰さん/情報学研究科 社会情報学専攻

経済的な支援について

── プラットフォーム学のプログラムが用意している支援プログラムは利用しましたか?

松木 私個人としては、学外のフェローシップをとっていたので、直接大きな額の補助を受けたわけではありません。しかし、リサーチアシスタント(RA)の業務などで毎月少しずつの報酬をいただけたのは、生活や研究を続けていく上でも心強かったです。

小川 私もほかで助成金を取っていたので研究支援の申請はしませんでしたが、後輩がこのプログラムの制度を利用し、調査を一回増やせ、足りなかったデータを埋められたというのを間近に見ました。遠方に行くのにはお金がかかりますが、絶対に取ったほうがいいデータでもあったので。本当に良かったなあと。

 僕はM2の段階で研究支援を受けたほか、ティーチングアシスタント(TA)やRAもさせていただきました。また、フィールドリサーチインターンシップの費用も出していただいています。研究支援の額は約30万円だったと記憶しています。こうした研究費用以外にも、ローカル5Gの装置で実際の電波データを取らせていただくなどかなりの援助をいただけたと感じており、大変感謝しています。

学生にプラットフォーム学を説明するなら

── プラットフォーム学のようなプログラムは、おそらく海外にもないと思います。社会デザインなどの科目はあるのでしょうが、ほかの領域の人と一体になって進めていく事例はあまり聞きません。

松木 まず、プラットフォーム的な視点は今後ますます重要になっていくと思います。これまでの学問では、技術の精度や何かができた/できなかったという話が注目され、それが社会にとってどんな意味を持つのか、どう社会実装できるかについては明確ではありませんでした。研究の精度や技術の良さを議論するだけでなく、社会にどう届けるかという、広い視点の展望が求められます。基礎的な道具、ビジネス的な展開、標準化、倫理・文化的な課題などを独学で学ぶのは大変です。その基礎を網羅的にサポートしてくれる科目があり、小さなプラットフォームを作るうえでの題材が揃っていて、自分で作ることもできるのは魅力です。

小川 このプログラムに参加している間は「プラットフォーム学ってなんだろう」と考える機会がずっと続きました。自分自身の結論は“つなげる”ということです。まだ、何者でもない情報(データ)をどう発展させ、分野外にどうつなげていくかがプラットフォーム学ではないでしょうか。そう考え続けた経験が自分の糧になりました。おそらく農学の人は、プラットフォームと自分の研究の関連が最初はわからないと思います。でも、授業を受け、いろいろと学んでいくと、いつか漠然としたイメージが自分の研究とつながる瞬間が訪れます。身の回りには思った以上にプラットフォームがたくさんあって「これもプラットフォームだと言えそうだ」と発見できましたし、そんなプラットフォームを自分の研究にどうつなげていくかを考え続けるのが楽しかったです。
 「もしかしたらこういうものかもしれない」と考え、人の話を聞いて「やっぱり違うかもしれない」などと考える過程を続けて、訪れるタイミングは、まさにアドレナリンがでる瞬間でした。自分の研究との関連性はあまり考えず、まず飛び込んで考えてみる、その経験そのものに価値があったと思います。

── 博士を示すPh.DのPhは「フィロソフィー」(Philosophy)の略です。つまり、研究とは自分なりに一本筋が通った何かを探す道筋と言えます。その過程でプラットフォーム学的な視点が役立つのであれば、嬉しい話です。

 われわれの間でも、最近になって、プラットフォームとは「様々なアプリケーションが依存共存する基盤」という言葉が出てきて、定義がかなり定まってきたように思います。私自身の考えとして、プラットフォームにはさまざまな層があります。ソフトウェアの一番下の層にはプログラミング言語などがあり、それを使って作ったプログラムやアプリケーションもプラットフォームになる。そこにデータを入れるための通信手段もプラットフォームです。
 こうしたいろいろな仕組みが独立して協調するという視点を持てたのは大きいと思います。こうした依存共存関係を俯瞰し、自分の研究はどのパートで活きるのかを具体的に考えることがとても大事だし、フィロソフィーを得るためにいろんな視点で考えていくことが重要だと思っています。

活発な意見交換ができた座談会の様子

これから志望する学生へのメッセージ

── 後輩にプラットフォーム学の良さをアピールするとしたら、どんなメッセージを伝えますか?

松木 「自身の妄想を実現しようとするのなら、プラットフォーム学に入っていくのがいいのでは?」と言いたいですね。私自身は、ここででかいことをやりたいと思って入ってきましたが、結果的に小規模ながら実現して出ていくことになりました。ざっくばらんでも、大きなこと、単なる研究ではなく社会を変える意気込みを持っている人はぜひ参加してほしいと思います。

── 何かをある視点でずっと考え続ける期間が人生の中にあることは非常に尊いことだと思います。

松木 個人的に二つ良かったことがあります。ひとつは自分のプラットフォームをいろいろな人に聞いてもらえ、提案できる場所があったこと。フィールドリサーチ、授業、ワークショップ、ICTイノベーションなど。自分がこういうプラットフォームを作りたいと対外的に発表できる場が多く、別の視点で自分の研究をとらえられました。もうひとつは、テクニカルライティングの講義がすごくよかったなと思っています。英語でジャーナル(論文)を出すときは曖昧な表現ができない、査読で指摘が必ず入ります。大変役立ちました。査読の対応が上手くできたし、査読も何度か通って修了できました。

── D2の頭にある授業です。ちょうど論文がうまくいったりいかなくなったりする時期ですね。

松木 書くときに、このテキストがあると傍らに置いて書けばいいのだと参考にもなるし、タイミングも良かったです。期間が空くと忘れてしまいますから。

小川 私も対外的に発表できる機会が多かったのが良かったです。自分の研究を分野外の人にわかりやすく説明するトレーニングができたし、バックグラウンドが変わると注目する場所が全然違うのも発見でした。自身の分野の学会発表では結果や考察が注目されますが、同じ話を情報系の人に話すと細かく手法を聞かれます。テンプレート化されているプロセスを改善するアドバイスもたくさん得られました。
 個人的な話ですが、こうしたインタビューが記事になるのも面白いです。プログラムを履修し始めたころに受けた取材記事が、まだウェブサイトに残っていますが、いま見てみると自分の成長を感じられて、面白かったです。

── 当時の自分をいまどう評価しますか?

小川 まだ見ている範囲が狭く、目の前のことしか見えていない感じですね。少しは広く見られるようになったでしょうか。

── ドクターの最初はみんなそうです。出口がみえず、広い海の前に立っているような感覚です。船をどう漕ぎ出せばいいのか。それすら分からない。

 情報系の学生は情報系で閉じてしまいがちですが、社会実装やどこに役立つかの具体的なイメージが持てると、専門分野への取り組み方も変わってくると思います。例えば、連続セミナーの第5回「医療の未来とプラットフォームが学」で、プラットフォームを作りたいなら、「何が欲しいのかを聞く」のではなく「自分で考えて持ってきてほしい」というコメントが登壇者からありました。自分でアプリケーションを想定しながら、技術を研究していく必要があるという視点を身に着けられたのが良かったです。
 もうひとつ大事だと思ったのは、情報系・工学系の論文ではいい結果の数値を出すことに目的を置きがちですが、その実装を進めるためには導入したいと感じるよう、人の気持ちを大切にする必要があることです。医学を題材としたさきほどのセミナーでも「AI診断」について、診断の正確さを高める技術以上に、患者やその親族が納得する説明が大事であるという指摘がありました。これからの研究では結果だけを求めるのではだめなのだという視点が得られ、ハッとしました。
 また、情報系が専門と言っても、まだまだ知らないことはたくさんあります。M1の“展望”では、コンピュータービジョンや数理最適化などいろいろな情報とトピックを得られたのが大きかったです。

── 今日はお時間ありがとうございました。皆様の成功を祈っております。

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