社会実装から遠い基礎研究を多くの人が使えるように
──プラットフォーム学を志した理由は?
大きく2つあります。まず、所属研究室は昆虫の進化生態学を中心的な題材としており、社会実装から一番遠い基礎研究の分野であると言えます。プラットフォーム学を学ぶことで、基礎研究で得た知見を発展/応用するところまでを含めたサイエンスの一連のプロセスを俯瞰できるのではないかと考えました。また、生態学においてはゲノム情報を始めとして大量のデータを扱える技術が確立されている一方で、生物の採集や行動実験などの過程はまだまだ研究者の属人的なノウハウに頼る部分が多く、多くのデータを得られる他の分野に圧倒されつつあると感じています。こうした情報を効率的に取得して処理するための手法を学びたいと考えました。
──現在取り組んでいるテーマは?
社会性昆虫を題材にしています。利他的な相互作用によって集団生活をしている昆虫の社会では、個体の利益と集団の利益が相反するようなケースが見られます。自然選択がこれにどう作用し、どのような帰結をもたらすのかを実証・理論の両面から調べています。こうした研究には昆虫を飼育し行動や形質を観察するという、ある種ローテクな作業の積み重ねが不可欠ですが、これをいかに効率化していくのかがプラットフォーム学履修生として課題に感じているところです。効率化をするべき点は多岐にわたりますが、現在取り組んでいるのはそれらの最も基礎となる昆虫の飼育管理です。具体的には非侵襲的な個体数の推定手法の開発や、それを利用した飼育プラントにおけるモニタリングシステムの構築を行っています。所属研究室では家禽の飼料としての利用を目指してシロアリを増殖させるというプロジェクトも進められているため、これと合わせれば研究の効率化のみならず社会実装にも繋げられる課題であると考えています。
──プログラムを通じて得たものは?
一番感じたのは、異分野の人と交流することの重要性です。ICTには予てより興味があり、普及している技術なら理解して使いこなせていると思っていましたが、技術開発→現場への導入という一方通行では新しいものを創れません。講義やセミナーを通して様々な実例を知ることで、情報通信技術の開発者と現場領域の間の双方向の対話こそがプラットフォームの創出において重要であるという点を痛感しました。技術開発に際しては現場領域の要求を意識する必要があり、また現場領域の側からも技術開発の働きかけを進めることが課題の解決には必要です。
──あなたにとってプラットフォームとは?(あるべき姿、作っていくべき未来など)
一般と専門領域、あるいは専門領域どうしをつなぐ存在として、障壁を取り除き互いに必要な情報が得られる場であると考えます。情報発信や双方向の情報交換ができることでこれまで接点のなかった場所や分野を繋げられると思います。
──いまの世界をほんの少し良くしようと思ったら、何が必要だと考えますか? もしくは何をしたいと思いますか?
専門技術が細分化していく中で、データがあってもその解析が難しいといった状況が生まれています。分業や共同作業が簡単になる仕組みがあるといいと思います。その一方で、全ての物事を「情報」として扱うことには不安を覚えることもあります。私は生き物を見たり触ったりしながら、学術にはいってきました。近年では生物の様々な定量データを得る技術が開発されていますが、そうしたデータの中にその生物の本当の魅力はあるのでしょうか。ある種の虚像とも言える情報空間だけに傾倒するのではなく、実体に根付いた形で情報をうまく活用する方法を探りたいと思っています。情報空間がその規模と利便性を増す中で、実体をもつ存在である我々がいかに情報を利用し、それに飲み込まれないようにするのか、規範を持つことが必要であると考えます。