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2022.12.21

Vol.16『農業ビッグデータとプラットフォーム学』


Vol.16『農業ビッグデータとプラットフォーム学』

2022年12月21日に「プラットフォーム学連続セミナーVol.16『農業ビッグデータとプラットフォーム学 〜高効率な営農実現へ農業ビッグデータの整備・共有が果たす役割とは〜』」が開催されました。クボタの飯田聡氏、NECソリューションイノベータの榎淳哉氏が登壇し、スマート農業に至る経緯や技術的要因、現状の課題や今後の展開についてディスカッションが行われました。進行役は京都大学 プラットフォーム学卓越大学院 プログラムコーディネーターの原田博司教授が務めています。

●農業が儲かる魅力的なビジネスへと転換するための課題とは

最初に、農機メーカーとして国内だけでなく世界でも幅広く展開するクボタの飯田氏が、スマート農業の現在について解説を行いました。まず日本農業の課題として、農業就労者の63%が65歳以上(2020年時点)という高齢化問題を挙げ、2000年に230万戸あった農家戸数は2020年で103万戸、さらに今後10年でさらに半減するという予想を紹介。一方で担い手は微減に留まっており、離農した農家の農地を引き受けることで年々規模を拡大、行政は生産性の向上や輸出の拡大を促進して支援しているのが実態であるとのこと。その担い手の課題として、労働者不足、生産コストの削減等が挙げられ、これはそのまま日本農業の課題でもあり、儲かる魅力的なビジネスへの転換、働き方改革による若者の参入促進、農村の活性化等を解決するための手段の一つとしてスマート農業があると語ります。現在クボタはスマート農業を「データ活用による精密農業/自動化・無人化による超省力化/省力化・軽量化」の3つの枠組みで捉えているとし、経営・栽培管理から出荷まで、水田稲作・畑作におけるデータを活用したスマート農業一貫体系を目指しているとのこと。3つの各取り組みにおける具体的な事例として、農機の稼働情報やセンサー情報などをデータ解析により適地適作の営農計画策定・管理に活用するための「クボタ スマート アグリシステム(KSAS)」や、農機データのオープンAPI化への取り組みなどが飯田氏から情報提供されました。

続けて榎氏が農業分野におけるデータ連携について説明を行いました。飯田氏と同じく農業就労者の高齢化を課題とし、担い手一人当たりの農地面積が拡大するにあたって「経営」が課題解決の糸口になると説明。家族経営から企業経営の時代に移りつつあり、ICT・データを活用した精密農業や原価を意識した経営が重要になると述べました。また、担い手は微減に留まっているが、その内訳として専業農家の比率は上昇しているが兼業農家の比率が下がってきていると指摘。自給的農業をベースに残りの時間を自分のやりたいことに費やす「半農半Ⅹ」というライフスタイルも、担い手不足を解消するために兼業農家を言い換えであろうと分析しました。さらに農地面積については農業経済学の「適正な経営規模」に係る議論において、水田作経営における作付け延べ面積が15~20haのときに一人当たりの所得が最大化し、面積が大きくなると所得が下がるが50ha以上になると再び上がることを示すとともに、経営体比率が最も多い5ha未満では所得がマイナスになることも示しました。水田以外でも同様の傾向が見られ、多くの経営体が農業所得率が最大化する経営規模で経営できていない実態を明かしました。
スマート農業の実現に向けてNECソリューションイノベータが取り組むものとして紹介されたのは、農林水産省が主導する「スマート農業実証プロジェクト」について。東北地域でのタマネギ生産連携コンソーシアムにおいて、宮城・岩手・秋田と離れた地域で、同じような計画でタマネギを生産・出荷するため、栽培モデルと気象データに基づいて栽培管理スケジュールや生育指標、収穫時期・収量の予測と地域間連携などを提供した事例が紹介されました。また飯田氏の話にもあった農機データのオープンAPI化についても、農機メーカーやICTベンダー、業界団体等で設立した「農機API共通化コンソーシアム」において、圃場農業機械や穀物乾燥調製施設、施設園芸機器から得られるデータを標準化するための仕様設計やルール策定が進められていることが取り上げられました。そして最後に農業現場におけるICT導入の課題としてICTの高度化により導入のハードルが高くなっていることを、農業領域におけるデータ活用の課題としてポータビリティ・コネクティビティの不足とデータ提供に対する農業者の意識を挙げ、現在進行形で改善が進められていると榎氏はまとめました。

●農家さん・生産者さんをないがしろにしないスマート農業の現在・未来を議論する

後半のディスカッションパートはまず、原田教授の「スマート農業がスマートであるためには」という問い掛けから始まりました。原田教授は、
・作業の自動化/省力化/軽労化
・精密であること・持続性があること
・生産性が向上すること
・情報が共有できること
・データの標準化
などをスマートであるための要素として挙げました。これに対し飯田氏は、トレーサビリティの不足を指摘。今までの農業は栽培カレンダーに従って作業するだけで、どの地域でどれだけの収量・食味があったのか追跡してこなかったと述べました。それまではまとまった単位でしか測定されていなかったのが、スマート農機により田圃一枚、田圃内の一部分と細かいトレーサビリティが可能になり、取得するデータを基に年々改善することで収量・食味の極大化を図る「実りを定量化する」のが重要なポイントだとしました。榎氏は農家の方がスマート農業に求めるのは労働力不足の解消、つまり作業の自動化/省力化/軽労化であり、データの活用は収量増加、品質向上向きの取り組みであると指摘しました。DXはアナログをデジタルに変換することであるが、そもそもアナログ管理されていない場合、新たな作業を農家の方に強いることになってしまうため、農家の方のレベルに応じたいろいろなスマートさがあること、そして生産者をないがしろにして産業のみが繁栄することがないよう注意しなければならない、と語りました。飯田氏も、なるべく早く実りを定量化することが収益上昇に直結する、例えば離農した農家から農地を譲り受けた場合、その土地のデータがあれば、勘や経験に頼らず最短で収益を最大化できる、土地の戦略的な利用が重要だと補足。ただし、現在の実証実験は2年しか行われず短いとして、データ収集→改善→収穫と最低3年は必要なのではないかと提言を述べました。これに対して榎氏も、ICTはツールなので使わなければ意味がないが、農家の方は忙しいしリテラシーにも差異がある。データの見せ方や使いやすさなど、システム側からのアプローチも必要だと感じており改善を続けている、と導入の簡易化についての重要性に言及しました。

導入がスムースにいかない理由を問われた飯田氏は、スマート農機やデータ農業の取り組みが広まりつつあるものの、次のステップにあるドローンや衛星データ活用といった新しい技術の導入障壁はかなり高く、世代交代が進む中でデジタルネイティブ世代が切り口となって普及するのを期待していると語りました。続けて海外事情を問われると、特にアジアはこれからデータを活用した正しい農業を各国が進めようとしており、また稲作が主体であるため日本でやってきたことを活かして展開できるだろう、と今後の展望を語りました。

日本でスマート農業を広げていく道筋を尋ねられた榎氏は、一つは産地単位で進めることでJAや自治体を通じて拡大していく方法、もう一つは生産だけではなくサプライチェーン全体に広げていく方法の2つの回答を示しました。また、NECソリューションイノベータのようなサービスのみ提供しているベンダーは国内だけではやっていけないだろうという見解も付けえました。飯田氏は、まず水田だけでなく畑作や果樹などいろいろな作型にスマート農業を広げていくべきだと主張。例えば山の上でやっている柑橘類の生産者は離農が進んでおり、ここをサポートしていく機器を提供することで、収量・食味の付加価値を向上していくことを目指すと述べました。

●データの標準化・蓄積・オープン化の先にあるスマート農業エコシステムを見据えて

農業データがベンダーの垣根を越えて共有化されるようになった契機は何かと問われた飯田氏は、複数の農家さんが集まって法人化した場合、各農家さんが持っていた農機は多様であり、それらをまとめて管理しないと大規模農家としてのメリットが得られないため、農機プラットフォームの水平統合が進んだと説明。現在は農水省主導によるオープンAPIに、クボタもデータ公開をするなどを通じてエコシステムを構築しているところだと語りました。これに関して榎氏は、今までにあった個別のAPIでは、各農家さんごと契約ごとにAPIを設計する必要がありとても手間がかかっていたところから、共通のオープンAPI化により、各ベンダーが連携して一つの大きなエコシステムを構築できると語りました。原田教授がエコシステムの構築には時間がかかるのではないかと懸念を示すと、各企業間の連携に難しい部分はまだあるが、農水省が主導しているところに上手く乗っかって、使いやすくて世界にも通じるAPIを設計していきたいと展望を語りました。

データの集め方についてどのくらいの単位が適切かを問われた飯田氏は、集め方よりも標準化が重要だとしつつ、米国発祥の「AgGateway」に従うのか、PRISM(官民研究開発投資拡大プログラム)主導で日本特有のものを作るのか、まだ動き始めたという段階だと実情を解説しました。榎氏はマイクロソフトなどが策定した情報家電で使われるDLNA(Digital Living Network Alliance)というガイドラインを例に、農業の場合においては標準となるガイドラインになるものがまだできていないのが課題だと補足。標準化の進め方については、農水省や農業情報学会等とメーカーを交えてコンセンサスをとっていく方法が日本には合っているのだと思うとの見解が登壇者からは示されました。

技術的に不足しているものがあるかと問われた飯田氏は、データ農業とロボット農機の進化の先には無人農作業があると解説し、そこに足りていないのがセンシングとデータ解析力の向上だと指摘。リアル環境でスマート農機が生育状況や土壌、収穫物などをセンシング→そのデータをバーチャル環境でビッグデータとして蓄積・解析→品種選定や生育予測、最適作業への展開→スマート農機が自動運転する。この一連の動きが無人農作業実現への筋道だが現状はセンシング高度化への一歩を踏み出した段階だと語りました。榎氏はICT側からだけでセンシングを考えるのはナンセンスだとして、気温や湿度など農家さんがオープンにしても問題はないはずのデータに関して、別領域でマネタイズするなど考えていけば良いシステムにできるかもしれないと語りました。

スマート農業の取り組みを阻む課題について榎氏は、例えば月額600円でセンサーから取得したデータでPoCをして提案する、ということは不可能で、画像からAIを使って判断するのであれば何か横展開できるものを選ぶなどマネタイズできるところからスタートしないと農家さん全体に広げることは難しいと回答。これに対し飯田氏は、ある程度の規模の農家さんが生き残って事業としてやっていく、つまり農業が企業化すると考えると、その企業に対してシステムを販売するという未来を考えるとそう悲観したものではないと指摘。また産官学の連携も必要だと意見を述べ、研究者がただ論文を書いて終わってしまうのではなく、企業と組んで社会実装まで持ち込むのが重要だと語りました。

最後に学生へ向けて飯田氏は、スマート農業は緒に就いたばかりで農家さんが使えるようにするためにやることはまだまだたくさんある、農学や栽培、植物生理学も含めて学際で仕事をすることが必要になるので連携を取りながら動ける人が重用されると述べました。榎氏は、データをどうやって活用して社会課題を解決していくのか、そういった観点をもってデータを扱えること、また農家さんと話をできることが重要だと語りました。

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