report
2023.01.19
Vol.17『スマート水産業とプラットフォーム学』

2023年1月19日に「プラットフォーム学連続セミナーVol.17『スマート水産業とプラットフォーム学 〜水産業がサステナブルな成長産業になるための基盤とは〜』」がオンラインにて開催されました。KDDIの加藤英夫氏、リージョナルフィッシュの梅川忠典氏が登壇し、スマート水産業に至る経緯や技術的要因、現状の課題や今後の展開についてディスカッションが行われました。進行役は京都大学 プラットフォーム学卓越大学院 プログラムコーディネーターの原田博司教授が務めています。
●大企業とベンチャーそれぞれの視点からスマート水産業の現在を語る
KDDIで漁業や農業における地域課題を通信やDXで解決を目指し活動する加藤氏は、KDDIが取り組むスマート水産業について解説を行いました。まずスマート社会を支える通信技術が、高速大容量(5G)および低価格省電力(LPWA:Low Power Wide Area-network)の方向に進化し、あらゆるものがネットワークに繋がるモノのインターネット社会になっていると説明。同社が提供するクラウドサービスやIoTシステムと組み合わせることで水産業をはじめ、あらゆる産業のスマート化を目指していると述べました。事例として、徳島県海陽町で行われた「あまべ牡蠣スマート養殖プロジェクト」では牡蠣養殖の最適解を探るために、センサーによるデータ取得と、PCやスマートフォンによる管理の省力化、データ分析による効率の良い生育ノウハウの確立を目指しています。また長崎県五島市の「陸上養殖」について、離島が多い五島市は従業員の確保が難しいという課題に対し、監視カメラや水質センサーで生け簀をモニタリングしクラウドにデータを蓄積、作業者のPCから設定することで遠隔自動給餌が可能にしました。現在も実証実験中で、さらに分析を進めることで最適な給餌を目指していると語りました。最後に、スマート化の普及はできる人、危機感を持った人から始めるのが肝要で、ICTは手段であり、コストを下げる、売上を上げるといった目的を達成するために、技術だけでなく人の関わり方や提案の仕方まで組み合わせて取り組む必要がある、とまとめました。
30年以上を要する魚の品種改良を、ゲノム編集技術によって2〜3年で新品種開発できることを主目的に事業を展開しているリージョナルフィッシュの代表・梅川氏。その事業は「天然と養殖どちらのマダイが美味しいと思うかと尋ねると大体の人は天然だと答える、ところが天然のイチゴと栽培したイチゴとなると天然と答える人はいない」という問題意識から始まったとのだと語りました。現在我々が食べている農作物のほとんどが品種改良されたものである一方、水産物は天然物が美味しいといわれるのは、水産養殖(完全養殖)がまだ50年と歴史が浅いことに起因しているためであり、将来的には品種改良が進むはずだとしています。ここ30年で世界の水産物生産量は倍増しているのに対し、日本は3分の1にまで減っています。梅川氏はその原因として、研究開発を進めなかったことにより技術で追いつかれて土地代・人件費の安い東南アジア諸国に負けたことを挙げ、これを解決するためにゲノム編集育種やスマート養殖で高度化することで日本の水産業を盛り上げたいと展望を語りました。
●日本水産業の競争力を高めるためにプラットフォーム化を推進すべき理由
後半のディスカッションパートは水産業の定義から始まりました。原田教授が水産庁のスマート水産業の定義「ICTを活用し、これまで得られなかった漁業活動や漁場環境の情報を収集することにより、適切な資源評価・管理を促進」を示し、日本のスマート水産業の技術は世界と比べて進んでいるのかという問いに対し、加藤氏は日本特有の事情があると語ります。ノルウェーサーモンに代表される大規模水産業は日本では馴染みがなく各個人が漁業をやっている状態。そこが高齢化して人が減っているため新しい技術が導入できないと感じると述べ、またセンサーや通信など個々の技術は進化しているが、水産業にマッチしたものがまだないという現状を明らかにしました。新規事業としてリージョナルフィッシュを起業した梅川氏は、漁業と養殖では性質が異なると述べました。漁業の方たちは大量を狙うという意味では野心的でICTで良い漁場を探すのには積極的でもあるが、養殖は安定した持続的産業を志向する方たちが多いと感じるとの所感を述べました。また一企業だけで進めてもソリューションが相互的にならず、水産業自体が他の企業が入って技術が進化していくという構造になかったため、むしろ大企業がもつ周辺技術を転用して全員で産業を作り上げていくというコンセプトの方がより良いソリューションになるだろうと考えていると語りました。
日本の漁業の国際競争力を上げるには人件費を維持したまま技術力を上げるべきなのかと問われた梅川氏は、品種改良により高付加価値な日本クオリティのものが作れれば人件費も高められるだろうと述べつつも、品種改良を施すと生物としては弱くなってしまうため、適切な生育環境で精密養殖するためにスマート水産業が必須になると語りました。自動化が進むと人件費は減るのではないかという原田教授の問いに対しては、人件費を下げるというよりはキャパシティを上げなくてはいけないのだが、そこについてくれる人材が少ないため、給餌や生育方法などの職人技に頼ってしまう部分を誰でもできるように省力化が進んでいると答えました。これには加藤氏も人を減らすのは地域が不幸になることもあるので、同じ人数で大規模にする、養殖する魚を増やす、担い手を増やすことで収入を増加するのが理想の形だと述べました。
スマート水産業におけるデータ活用について、どのくらいの期間をみているのかという質問に対し梅川氏は、海上の場合は変化が大きいためデータが取りづらく時間もかかるが陸上養殖の場合はセンサーできっちりとしたデータが取れる。それでも2~3年はかかってしまうため、投資している方たちにとっては時間がかかってしまうと思われがちだ。そこで我々のリターンは試験から得たデータであり、株式価値を伸ばすのは品種を開発した数だと述べ、さらに20品種を並列で開発育成することで1品種当たりにかかった時間は短くできると説明しました。また、国内はみんなで盛り上げていかないといけない協調領域であり、グローバルが競争領域だと定義すると協業しやすくなると述べました。加藤氏も同意を示し、KDDIには水産業の知見がないので水産業者や漁業の方たちと連携しながら答えを見つけていかなくてはいけないとの考えを示しました。
こうしたスマート水産業の取り組みを推進していくにあたっての資金面における課題について、加藤氏は現状としては将来的にビジネスになり得るかという実証の意味合いが強く、現状は国の補助金なども利用して取り組んでいる段階だと説明。一事業者だけが実証していてもビジネスとしては大きくできないので、データを集めて反映する部分で共通項見つけて複数の事業者に広めていくことでプラットフォーム化を進め、さらに流通、販売と横に広げていくことでビジネスも拡大するのではないかと述べました。ただ、実証を進めるにつれ魚種や環境により集めるデータやオペレーションが異なることを実感しており、そこから共通項を抜き出してパッケージ化していくのが必要になるだろうと補足しました。梅川氏のリージョナルフィッシュは出資という形で各団体が株を持つことでリターンを受け取れるという形で、自社をプラットフォーム化することで各所を繋げており、大企業よりも素早く動けるという強みと協力大学による学術的裏付けの両方が上手く融合していると説明しました。
スマート化を進めるために欲しい技術を問われた梅川氏は、養殖は品種・餌・水の3要素で構成されており、品種と餌はスマート技術にあまり入っていない要素なのでフォローしていきたい。また水は循環濾過してコントロールできる仕組みがまだ挑戦段階であり、安定化できれば場所に依存しない養殖が可能になると語りました。加藤氏はデータを分析して効率化するアプリケーション部分に注力していきたい。導入することで利益が上がって、その一部を自社の利益にできるようなモデルを考えていきたいと述べ、現状は新しい共創モデルを示している実証段階だが、将来的には流通含めて儲かるビジネスにしていきたいと展望を語りました。
現状の課題や阻害するギャップについて原田教授は、水産業の明日を拓くスマート水産業研究会とりまとめを出典に
1. 漁業者とスマート技術開発者(企業・大学等)との信頼関係の構築に時間を要すること
2. データを部外者に利用されることに否定的な意見があること
3. 漁業者がICTを使いこなせないという先入観があること
4. スマート技術の現場ニーズについて漁協や地域によって温度差があること
5. スマート技術の導入のコストが高いと考えられていること
6. スマート化の技術を導入するインセンティブが不足していること
の6つを提示しました。これに対し加藤氏は、通信を売るだけではなくインセンティブを提示して享受できるモデルを作らないといけない。インセンティブは「ちょっと良くなった」「あると便利」だけではダメで、利益が上がるかコストが下がるかお金に直結する「なくてはならない」ものにしないと価値を感じてもらえないと語りました。梅川氏は、我々が作った技術を横展開して水産業全体が盛り上がってほしいと思っているものの、データ活用については漁業が狩猟であり、いい漁場はそれ自体が知見で利益なので他の人と共有することに抵抗を感じるのではないかとの見解を述べました。さらに梅川氏は導入コストに関して、水産業では機器は助成金を当て込んでワンタイムで買いたいと考える人が多いため、SaaSやサブスクリプション型とはフィットせず、導入コストを高く設定して助成金を付けられるようにした方が浸透するのかもしれないとの所感を示しました。加藤氏は使い続ける価値を感じてもらえていないのが原因にあり、クラウドにデータを貯めて処理をしてフィードバックするのにはランニングコストがかかるので継続して価値を生み出していかなければならないと思うと補足しました。ここで挙げたもの以外のギャップがあるか問われた梅川氏は、漁獲や生産様式など今の形態がずっと続くと漁業者も消費者も思っているが、海水温が1℃上がれば産地はどんどん動くし漁業者は年々減っており、今なお「現状を如何に維持していくのか」が語られているが、日本が競争力を持つためには「こういう理想の産業を作っていこう」という旗印が必要だがそうなっていないのに当事者としても危機感を抱いていると表明しました。
最後に学生への言葉として梅川氏は、我々がプラットフォームで連携を進めているのには「日本の水産業を復活させる」という“志”がある。ここを目指すのだというわかりやすい志をもつ、ビジョンを共有することが大事だと語りました。また、色々な人たちが色々な思惑で付き合ってくるので、例えばSDGsとして取り組む企業にはSDGs的な説明や成果を与えるように利害関係を調整するのも重要。大企業に比べたら我々は弱いので助けてもらうことが圧倒的に多く、Giveばかり受けてTakeできないと関係が持続不可能になる。我々は出資というスキームを取ることで、助けてもらうけど我々の事業によって最終的に株価が伸びることでお返しする仕組みを持つことで、我々の企業がエンティティをもって志を追うことができる。この志と仕組みが大切であり、研究者はアカデミアに属して科研費だけで研究が続けられるわけではないため、京大をはじめ多くの大学が、技術を社会実装するベンチャーを作るところに研究費を付けるという発想を持っているので、そこを意識してほしいと語りました。加藤氏は、社会に出ると答えのない世界に向かっていかなくてはいけない。他の人と違うこと、自分の強みを見つめ直してどう自分のキャリアを積み上げていくのかを意識してほしい。プラットフォームを作るのを目的にするのではなく、どういうプレイヤーを集めるのか、どういう価値を生み出すかまでを含めて取り組んでいくのが大事だと語りました。