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2023.03.29

Vol.20『地理空間情報とプラットフォーム学』


Vol.20『地理空間情報とプラットフォーム学』

2023年3月29日にオンラインで開催された「プラットフォーム学連続セミナーVol.20『地理空間情報とプラットフォーム学 〜位置や移動に関するデータはビジネスや暮らしをいかに変革するか〜』」。株式会社パスコの岩崎秀司氏、国土交通省の内山裕弥氏が登壇し、官民両方面からの情報提供とディスカッションが行われました。進行役は京都大学 プラットフォーム学卓越大学院 プログラムコーディネーターの原田博司教授が務めます。

●計測からデータのオープン化まで利活用が進む地理空間情報の現在

最初に国内外の地理空間情報サービスで社会課題を解決するパスコの岩崎氏から、地理空間情報の収集・整備と利活用事例について解説がありました。まず、地理空間情報とは空間上の特定の地点(位置情報)とそれに関連付けられた様々な事象に関する情報のことであり、特定のテーマについて表現する地質図やハザードマップなどの主題図、都市計画図、空中写真や衛星画像など多様の情報があります。これらの情報を取得・整備する方法として、かつては航空機による撮影や現地測量を行い図化機を使うといったような手作業で行っていましたが、現在は人工衛星やレーザースキャナ、各種センサーなどを使い、より高精度な情報を入手できるようになっています。計測技術の進化により、航空レーザーで地形の数値表層モデルを、MMS(モービルマッピングシステム)で道路空間の3次元点群計測を、地上レーザースキャナで文化財建造物などの3次元計測などができるようになりました。こうして取得したデータを分析・解析するのに大きな役割を果たすのが地理空間情報を処理する「GIS(Geographic Information System:地理情報システム)」です。GISを使うことで、地図情報に浸水想定区域や避難所の分布などの複数の情報を重ね合わせて可視化・分析することで、各種ハザードマップや避難計画、復興計画の策定などに利活用できます。防災分野以外にも、農地地番図と衛星画像を組み合わせた農地利用状況調査サービスや、合成開口レーダー(SAR)衛星を利用して地下工事による地盤沈下が起きていないかをモニタリングするサービス、2時期の航空写真から建物の変化をAIで自動判定する家屋異動判読サービスなど様々な分野で利活用されています。最後に、産官学の様々な機関が保有する地理空間情報をオープンデータ化した「G空間情報センター」により誰もが地理空間情報を利用できる環境整備が進んでいること、様々な事象をセンシングしたフィジカル空間と3D都市モデルを利用したサイバー空間によるデジタルツインを構築することでスマートシティやセーフシティが実現することの2点を今後の展開としてまとめました。

続いて国土交通省・内山氏から国土交通省が主導する3D都市モデル(都市の3次元データ)の整備・活用・オープンデータ化プロジェクト「PLATEAU(プラトー)」について解説がありました。内山氏が所属する国土交通省都市局は、都市計画や都市開発、エリアマネジメントといった都市での活動や生活についての政策を管掌する部署で、PLATEAUは都市のデータを活用して新しいソリューションを生み出そうという発想で2020年度から始まったプロジェクト。まちづくりのDXを推進してデジタル技術を用いて新しい価値を生み出し、Society5.0/デジタルツインを実現するのがミッションです。2021年度に全国56都市の、2022年度は新たに全国71都市の3D都市モデルのオープンデータ化が完了しています。見た目だけの3D地図とは異なり、その物体が建物なのか、建物であれば住宅なのか商業施設なのか、何年に建築されたのか、さらにこの面は窓なのか壁なのかといったセマンティクス(属性情報)がコーディングされています。つまり人間が都市から得られる情報をそのままプログラムに渡して、シミュレーションやデータ処理が可能なデジタルツインが実現できます。また、国土交通省が定める「3D都市モデル標準製品仕様書」に基づいて標準化されたデータなので、同じナレッジ、同じソフトウェアで利用できるほか、「公共測量」による精度管理された座標値を持つ位置正確度が担保された信頼性のあるデータであることも大きな特徴です。さらにオープンフォーマットであり、データ処理やアプリ開発に必要なOSS(オープンソースソフトウェア)を多数公開しており、様々な分野のエンジニアがPLATEAUを触りやすい環境を整えています。ユースケースとしてはまちづくりや防災・防犯をはじめ、モビリティ・ロボティクス、環境・エネルギー、インフラ管理と多様な分野で新たなソリューションを創出しています。具体例として、3D都市モデルとBMIを利用した自律運行システムや都市の将来ビジョンを可視化する都市構造シミュレーション、都市空間の複雑な情報を頭語して煩雑な開発許可手続きの効率化などを挙げました。PLATEAUはオープンデータを使ったコミュニティ育成も重視しており、エンジニアや学生、スタートアップ向けのイベントの実施や、「PLATEAU AWARD 2022」という開発コンテストやハッカソンの開催、チュートリアル用資料や成果物と開発レポートの公開など、PLATEAUの実装を加速する取り組みも積極的に行っています。

●公益性の高い情報を官民それぞれが手を携えて新たな価値につなげていくには?

後半のディスカッションパートは、地理空間情報の定義から始まりました。原田教授が「空間上の特定の位置または区域を示す地図位置情報に空間的・主題的な属性を関連付けたもの」と定義すると、岩崎氏、内山氏ともに同意を示しました。データが2次元から3次元へ変化するにあたり開発スピードは加速しているのか、という問いに対して内山氏は、都市の3次元データを作るには計測などにとてつもないコストが掛かり、最近は自動技術が発展して日本にもパスコ含めて大きな測量会社ができているが、基本的には海外の技術だと指摘します。国産技術の開発も必要だという話もあるが、技術の発展やコンピューティング処理能力の向上により、大規模な3Dデータを作ったり使えたりするという状況になっている、と述べました。

PLATEAUとパスコの関係について尋ねられた岩崎氏は、PLATEAUにおけるデータの作り方は、都市計画基本図や都市計画基礎調査の情報などの自治体がすでに持っているデータを活用するのが基本。そこにパスコが持っている航空写真や測量データなどの情報を加えて3次元モデルを作るので親和性が高く、別々のものではなく延長線上にあるものだという認識を示し、自治体にとっても、2次元ではできなかったシミュレーションや分析が少しの追加投資だけでできるようになるのは効果的だと思うと述べました。具体的な作成過程は、まず自治体が作る都市計画基本図という1/2500スケールの地形図は航空写真を元にしており、この航空写真はステレオ写真として撮っているので機械的に立体視することで建物の高さが分かる仕組みになっています。その高さや都市計画基礎調査にある建物用途や建物の構造を、PLATEAUの元データとなる都市計画基本図の建物に付与することで3次元データを作っていると解説しました。この解説に対して内山氏は、自治体は何十年も前から2次元の地図を作るために3次元データを集めていて、これをそのまま3次元の地図にする際に様々なデータを放り込むことでそれが何かという中身も情報も含んだ地図を作ろうという発想がPLATEAUの始まりだと補足しました。

地理空間情報のオープン化に対する省庁関係の反応について内山氏は、そもそも民間企業が地図を公開しても省庁には損害はないし、ただなんとなくこれまで出していなかったからだけで、実際に突き詰めて考えていくと、オープンにできない理由はないと言います。基本的に政府はオープンデータを推進していて、税金を使ってデータを整備したり情報を作ったりしているので、それを社会に還元するというのはある意味当然の考え方だと述べました。海外では国が主導してオープン化するのはあまりないのでは、という原田教授の指摘に対して内山氏は、欧州はデータコモンズの考え方などもあり基本的にオープンであるという状態。ただ日本がなんとなくクローズだったように欧州もオープンにしているだけで、アクセラレートすることはなく、PLATEAUはせっかくオープンにするんだったら使ってもらおう、いろんな人を巻き込んで普及するという考え方で取り組んでいると述べました。岩崎氏もLiDARや航空レーザーのデータなどもオープンデータ化が進んでいることを取り上げました。例えば静岡県は県が主導で撮った航空レーザーのデータをG空間情報センターで公開しており、2021年の熱海市伊豆山土石流災害でもそれらのデータを使ってどれだけの被害があったのか分析に活用されているなど、データがオープン化されていくことに前向きな印象を述べました。

新たな技術の利活用について内山氏は、画像解析やクラウドコンピューティングなど積極的にPLATEAUへ取り入れていると紹介。例えばレーザーで取得したデータは色と緯度・経度しかない点群で、それを現状では人間の目で「ここは建物」や「これはノイズだ」と識別しているが、それをニューラルネットワークに学習させることで点群を自動的に選り分け、線から建物のエッジを抽出し、エッジを抽出したら次はサーフェスを作るという、AI技術を用いた自動的にモデリング、いわゆるセマンティックセグメンテーション技術の開発などを進めていると説明しました。これに対して岩崎氏は、ノイズの除去やエッジの抽出は非常に難しい部分だが、航空写真をから家屋の形状を取得するなど画像認識技術はかなり進歩しているとして、今では家自体の情報だけでなく、建物の上にある太陽光パネルなどもAIを使った画像認識によって一定程度の抽出が可能だと補足しました。

今後重要になってくる属性の付与に対する取り組みを尋ねられた内山氏は、PLATEAUでは例えば建物の場合、用途や建築年や面積など、道路では幅員や交通量などを標準ルールとして必ず入れてもらっていることを紹介。その上で既存の情報が使えればいいが、規定上オープンにできない市町村も多く、そういった自治体にも協力をしてもらうことできちんと属性が入ったGISをオープンにできるかが大事だと述べました。岩崎氏は、例えば建物の壁面の状況といった属性の場合、人海戦術で調査することも可能だが、MMSで撮影した写真と画像認識などを使って自動で付与するといったようなことも将来的には可能になるかもしれないと説明。民間企業としてはそのデータがどれだけビジネスになるのかという観点も必要になると今後の展望を語りました。これに対して内山氏は、主に防災の観点から建物の構造や材質も国土交通省の調査情報には入っており、それら情報は政策に必要であるために責任を持って収集しているものだが、民間企業が使えるデータがあるならばオープンにして他の用途でも使ってほしいとの考えを示しました。

また内山氏はPLATEAUにはGoogleマップのようなメガプラットフォーマーの寡占に対する対抗的な観点もあると語ります。地図データや人の移動のデータ、POIデータといったものを一企業しか持っていない状態は健全ではなく、それに対抗するために別のプラットフォームを作るのではなくデータをオープンにすることをしていると述べ、PLATEAUはサービスではなくデータを提供しているだけなので、それを各企業や個人がサービスに取り込んでオープンに使ってもらいたいという考え方を示しました。岩崎氏は、Googleマップは利用規約などその企業の意向によって変わってしまうことがあるため、特に公共の仕事では使いにくく、国が基準を決めてデータを公開し、いろいろなサービスが生まれる環境を作っていくというのが、国のあるべき姿ではないかと見解を述べました。

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