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2024.03.14

特別編『ゲームとプラットフォーム学』


特別編『ゲームとプラットフォーム学』

2024年3月14日に「プラットフォーム学連続セミナー特別編「『ゲームとプラットフォーム学』~『信長の野望』シリーズに代表される「歴史シミュレーションゲーム」という独自ジャンル~」がオンラインにて開催されました。

ゲームプロデューサー シブサワ・コウとしても知られるコーエーテクモの襟川陽一氏が登壇し、自身の生い立ちからコーエーテクモの理念、ゲーム開発のプロセスを解説するとともに、『信長の野望』が生まれた原点や今注目している技術などについてディスカッションが行われました。進行役は京都大学 プラットフォーム学卓越大学院 プログラムコーディネーターの原田博司教授が務めています。

●40年を超えてゲーム業界の最前線を行くコーエーテクモ

セミナーの冒頭は襟川氏がどのようにしてゲーム業界に入ったのか、その生い立ちから始まりました。1950年、栃木県足利市の染料問屋の3代目として生を受けた襟川氏は、慶應大学商学部を卒業後、大阪の化学品の専門商社に入社。4年半勤めあげた後、家業を継ぐために実家にましたが、東南アジアからの輸入攻勢や大きな取引先の倒産などがあり資金繰りが悪化、最終的には会社を整理することに。1978年、悔しさからもう一度自分で染料工業薬品の販売の仕事をやろうと株式会社コーエーを設立します。しかし赤字が黒字になることはなく、自分には経営者としての才覚がないのではないかと思い悩んでいた時、書店で『マイコン』という雑誌が目に留まりました。そこには「パソコン時代到来」と書いてあって、読み進めるうちにパソコンが魔法の小箱のように見えて、無性にパソコンが欲しくなりました。

初任給が7万から8万円の時代に、パソコンは2、30万円もする高級品。その日から何度も「パソコンが欲しいけど買えない」と言っていたら、夫人が襟川氏の誕生日にへそくりを使ってパソコンを買ってくれました。パソコンにはまり込んだ襟川氏は、財務管理や在庫管理などのプログラムを組んで仕事に役立てる一方、趣味でゲーム制作を始めました。そして1981年、襟川氏が最初に開発したゲーム『川中島の合戦』が発売されました。30本か40本売れればいいと思っていたところ、評判が評判を呼び最終的には1万本という大ヒットとなりました。襟川氏は利益はもちろん、「楽しくて徹夜した」「ここはこうするともっと面白くなる」といったユーザーのダイレクトな反応に仕事の醍醐味を感じ、染料工業薬品の販売はやめてゲームソフト開発の専業となりました。

その後コーエーは、『信長の野望』『三國志』などのヒット作を通じて歴史シミュレーションゲームというジャンルを確立。2009年にはテクモと合併しコーエーテクモゲームスとなりました。コーエーテクモの精神は「創造と貢献」です。新しい価値を創造して社会に貢献することをパーパスとしています。その精神をユーザーに伝えるメッセージとして定めたコーポレートスローガンが「Level up your happiness:新しい面白さでもっと幸せに」です。ゲームのキャラクターがレベルアップしていくように、コーエーテクモのゲームを通じてユーザーの幸せもレベルアップさせたいという思いが込められています。

コーエーテクモの経営基本方針は、素晴らしいコンテンツを通じて、ユーザーに最高の感動を提供する「最高のコンテンツの創発」に始まり、「成長性と収益性の実現」により経営基盤を安定化させ、向上した営業利益を活用して、さらなる新しいゲームを創発します。業績の向上に併せて「社員の福祉の向上」することで活力に満ちた魅力ある企業となることを目指します。そして「新分野への挑戦」で、社会にとって役に立つ新しさの実現にチャレンジし続けています。この4つの経営基本方針を回しているというのが襟川氏の経営スタイルです。現在実行中の第3次中期経営計画の鍵となっているのがグローバルIPの創造と展開です。ゲームタイトル、キャラクター、ゲームシステムなどの知的財産をグローバル向けに多方面展開することで成長性と収益性の向上を目指します。多方面に展開する分野は、プラットフォーム展開、ジャンル展開、コラボレーション展開、ライセンス展開、タイアップ展開の5つがあります。

パッケージゲームを例にしたゲーム開発のプロセスについての解説も行われました。まずはじめが①マーケティング会議です。これから開発するゲームのアイデアが面白いとユーザーから評価されるのか、ビジネスとして成立するのかを総合的に判断するのが目的です。具体的には、プロデューサーやディレクター、プランナーが練り上げたゲームのコンセプトや概要を検討し、併せて開発規模などの予算面も確認します。次に②企画会議です。ゲームの具体的な内容を提案して、ユーザーがワクワクするか、新しい面白さを備えているかをチェックします。ゲームシステムの他に登場するキャラクターは何人なのか、プレイできるステージはいくつあるのか、といったゲームを構成する重要な要素も確認していきます。次のプロセスが③αバージョンです。ゲームの一連の動作を確認できるプロトタイプを制作して、ゲームの目指す方向性が面白いかを確認するのが目的です。いきなりゲームを作りこむと方向性を調整するのに多大な労力が必要となるため、まずは最小限の要素で評価版を作成してゲームの方向性を検証していきます。続いて、④βバージョンです。予定するゲーム内容がおおむね実装されたバージョンで、面白いゲームになっているか、バランスや内容の過不足、ストレスを感じるような問題がないか確認するのが目的です。続いて⑤品質チェックを行います。デバッグといわれる作業でゲームの内容や動作の不具合を見つけて解消するのが目的です。チェックの内容は多岐にわたり膨大なボリュームになりますので、チームを組んで分担して進めていきます。そして⑥最終バージョンです。このバージョンはゲームが商品クオリティに十分に達しているか、改めてユーザーの目線になってチェックするのが目的です。ユーザーが満足するクオリティを維持するために、コーエーではこのチェックを合格しないとゲームを発売できない決まりになっています。こうしてようやくゲームは⑦完成となります。

●注目の技術はAI。シブサワ・コウの原点やこれからのゲームについて迫る

後半のディスカッションパートは角川アスキー総合研究所の取締役 福田正氏も参加して行われました。福田氏は、『川中島の合戦』や『信長の野望』など、ゲームのジャンルが歴史ものだったのは襟川氏の出身地に関係するのではないか、と質問しました。襟川氏は、生まれ育った足利市は足利一族が暮らしていた町で、居住跡の鑁阿寺や足利学校といった名所・旧跡が身近にあり、歴史に対する親和性が増してきた。そして何のゲームを作ろうとなった時に、やっぱり歴史のゲームが作りたいとなったのがスタート地点になっている、と答えました。

2023年で40周年を迎えた『信長の野望』シリーズやアジア圏でも展開を広げる『三國志』シリーズなど持続的発展を続けてこれた理由について、襟川氏は会社の基本理念である「創造と貢献」により、新しい面白さを作り出して、ゲームファンに楽しんでもらうこと一番大切だと述べます。襟川氏自身がゲームファンで、社内だけではなく国内外のさまざまなヒットタイトルをプレイしており、一ゲーマーとして新しい面白さというのを心の底から望んでい。そういう気持ちを全社員で共有し、新しい面白さ作りに邁進して新作を作り続けることが一番大きな要素だと語りました。

ゲームビジネスのマーケットについて尋ねられた襟川氏は、マーケットサイズが大きいところをまず狙う。ゲーム開発の最初のプロセスであるマーケティング会議で、ベースになるユーザー数、その分野の販売実績、類似タイトルの販売本数等を調べて成功の確立を計算する。世界で売れるトリプルA級のゲームを作るためには、多言語対応や長期間にわたるプロモーション活動など50億から100億円くらいの開発投資が必要。このビジネスサイズになると作品性や私小説的なものを好むと言った要素は入り込めない。同じ新しい面白さを作るにしても、大きなビジネスになるように大きなマーケットを狙っていくことを心がけている、と述べました。

福田氏がゲームの難易度が高いものが近年は好まれているように思えると述べると、襟川氏も欧米の10代からゲームに慣れしたんだ現在の40、50代、いわゆるゲームオタクには難易度が高いゲームが好まれている。ただ、日本の場合はストーリー性やかわいい、かっこいいキャラクターを望む部分があり、難易度が高いゲームは人気があるとは言えない。コーエーの場合は難易度調整ができるようになっていて、難しいゲームが好みでないユーザーは簡単にストーリーを追うこともできるようになっている、と述べました。

世界展開する上で日本のオリジナリティや考え方は有益か、という質問に対し襟川氏は、日本やアジアの歴史や文化をテーマにしたゲームは、日本のゲーム会社のほうが作り込めるという強みはある。また人材育成について、コーエーテクモは新入社員→パートリーダー→ディレクター/メインプログラマー/メイン企画→プロデューサーになって一つのタイトルを任される、というように新人から数年単位で全部を経験をしながら、いわゆる徒弟制度のような形で、それぞれ階段を上るようにして育っていく。他のゲームソフト会社に比べて離職率が低いからこそできること。なぜ離職率が低いかは、ゲームが好き、歴史が好きという気持ちをもって入社し、自分の夢や野望をコーエーテクモで実現したいからだ。また、欧米のまねではなく日本オリジナルを作って、日本の文化や歴史を自信を持って世界に発信していくという志や熱意をもっている、と語りました。

注目する技術について襟川氏はAIを挙げました。シミュレーションゲーム自体がAIと非常に相性が良く、人間とAIが戦う場合、人間並みの志向ができないと面白くならないし、思考パターンが分かってしまうのも避けなくてはいけない。これからもっと研究して深めていきたい。生成AIについては、ユーザーサポートなどで実装しているところもあるし、社内データを使った生成AIの活用も実験的に進めている。オープンなデータは商品化した時の権利関係で不安定なところがあるので、43年間作り上げてきたデータを使い、例えば武将やモブキャラを作るのに使って、コストを削減できるよう力を入れている、とAI活用について解説しました。

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