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2021.08.25

Vol. 2『災害レジリエンスとプラットフォーム学』


Vol. 2『災害レジリエンスとプラットフォーム学』

2021年8月25日に、「プラットフォーム学連続セミナーVol.2『災害レジリエンスとプラットフォーム学』〜防災学と情報学で生まれるプラットフォームが広げる可能性〜」が開催されました。“情報学版リベラルアーツ”の創出を目指し、情報学と複数領域を連携させて新しい価値創造を目指すプラットフォーム学。そのプログラムの一環で開催している連続セミナーの第2回です。

昨今、耳にするようになった「災害対応力」「レジリエンス」という言葉。その実現には「技術的な取り組み」や「街づくり」だけでなく、防災や減災とは何かを改めて問い、どこに主眼に置いたシナリオを作るかが重要となります。

セミナーには『シン・ウルトラマン』(2021年公開予定)、『シン・ゴジラ』(2016年)、『日本沈没』(2006年)など数多くの映画作品に携わってきた樋口真嗣監督、Fujisawa サステナブル・スマートタウンを通じ、藤沢市で新しいまちづくりに取り組むパナソニックの荒川剛氏、地震や洪水の影響を予見しリスク評価や対策に応用できるサービスを展開するOne Concernの堺淳一氏、プラットフォーム学にも参加していたいている京都大学 防災研究所の畑山満則教授が登壇しました。進行役は引き続き京都大学 プラットフォーム学卓越大学院 プログラムコーディネーターの原田博司教授が務めています。

災害とテクノロジーのギャップを埋める

原田教授は冒頭、テクノロジーは災害時の活用が期待されるが、平時と災害時では利用できる環境にギャップがあり、そこをどう埋めていくかが課題になるという視点を示しました。例えば、災害時には情報共有の必要性が急速に高まりますが、電波/電気/ネットワークの喪失があり平時と同じようにテクノロジーを運用していくことができません。また、ご自身の阪神大震災の被災経験や東日本大震災の支援経験を交えながら、仮に緊急時に使用できる優れた機器があったとしても、それを必要な場所に流通させること自体の難しさがあるとしました。情報発信、被災者を支援するインフラ、震災体験を風化させず残すことなど、テクノロジーが果たすべき役割がある一方、その限界は当事者ほど感じる面があるとしました。技術開発の範囲を超え、社会インフラをどう維持するかのシナリオ作りや判断が求められています。

畑山教授は、大阪大学の大学院でロボット工学を学んだのち、日立製作所の中央研究所で京都大学と連携した地図情報システムの開発に従事。阪神大震災では被災地に入り、神戸市の長田区で倒壊家屋を解体撤去するための支援システムに携わりました。現在はITを活用した災害支援団体IT DARTの理事も務めています。8月の豪雨災害では長崎に入り、復旧活動に従事しました。防災分野では現在、Society 5.0の文脈に基づき、国を主導にAI技術を用いサイバー空間とフィジカル空間の融合を推し進める動きが出ています。その基盤層には3Dマップがあり、そのうえで動く防災・減災システムの構築が提案されています。しかし畑山教授の感想としては、そのほとんどがドローンやロボットなどを活用した工学分野の応用であり、情報技術の活用や社会への貢献に関しては、まだまだ取り組むべき課題が多いとします。

災害時に情報を収集する仕組みは近年大きな発展を遂げました。状況を克明に知り、時系列で整理する「クロノジー」、何がどこで発生しているかを把握する「地理情報システム」を災害時に活用することで「情報把握」「情報共有」の仕組みはできるようになっています。現在内閣府が中心となって研究を進める「SIP4D」も、災害状況やその対応に必要な情報を国全体で把握し、防災・減災に役立てる仕組みを模索しています。一方、巨大災害では人材不足・リソース不足という問題が発生し、限られた情報と手段の中で適切な意志決定を早く大量にこなしていくことが求められます。そのためには「認識共有」ができる枠組みの準備が必要です。そこに貢献するのが、情報学の領域であるAI技術です。誰が考えても同じ結論になる事象を自動的に振り分け、意志決定の参考にすれば、中央に集中した判断(マネジメント)だけでなく、現場に権限をゆだねつつ同じ方向を向いた決定(ガバナンス)ができるプラットフォームの実現が可能になるでしょう。

荒川氏が携わるFujisawa サステナブル・スマートタウンは、藤沢市にあるパナソニックの工場跡地を活用したスマートシティの計画です。住みやすさや環境負荷への配慮に加え、災害に強い街もコンセプトに掲げており、大手企業9社の出資によるFujisawa SSTマネジメントが中心となり、住人主体の街づくりを担う自治組織も築いています。

安心安全目標(CCP)として、災害発生後3日間(72時間)のライフライン確保や6日間の自宅待機ができる備蓄などにも取り組んでいます。そのために、平常時から非常時を意識した「自立と共助のコミュニティ醸成」を実践し、緊急度の高い情報を選別して提供する「防災PUSHテレビ」、自己発電し、平時は売電している電力を停電時には周辺地域への無償電源供給も実施する「コミュニティソーラー」、防災訓練などを通じた自助・互助・公助意識の醸成にも取り組んでいるそうです。

One Concernの堺氏は「災害の最小化」をミッションとし、スタンフォード大学で2015年に発足した学際的プロジェクトである「One Concern」は「Raas」(Resilience as a Service)であると紹介。平時のプランニング(リスク評価の分析と可視化)を元に、リスク分析ツールや早期の被害予測で災害に対応できる支援ツールを提供。リスク軽減措置、リスク移転(保険)、早期の被害予測、対策の優先度の決定などに役立てられるとしています。国内では、熊本市と災害レスポンスの実証実験をしています。主眼としているのは、地震では発生後すぐに情報を把握して被害予測を出すこと、洪水では気象情報を元に72時間前から浸水情報を提供することです。

●フィクションの世界を超えた災害

セミナーの後半では、樋口監督を交えたディスカッションが実施されました。

樋口監督はリミュエール兄弟から今日に至る映画の歴史を紐解きながら、事故や災害などのパニックは映画の黎明期から繰り返し取り上げられてきた主題であり、映像という手段で舞台では表現できない様々な表現が試みられてきたと説明しました。しかしながら、昭和の末期から平成にかけて、大規模災害が非常に高い頻度で発生するようになり、娯楽として扱いにくい現実がある点も指摘しました。

映画では最悪の事態を示しつつ、希望をどう作るか?を大切とする樋口監督ですが、セミナーを通じて、「今日的ですが、(災害時に)リーダーが何をするべきか。ひっ迫する状況下でどう順位付けて意志決定していくかを決めるのは難しい課題であり、その解決方法を考えていくことが重要であるという視点」に刺激を受けたとします。こうした課題はコロナ禍やビジネスの現場などで数多く発生しているが、これをどう解決していくかを描くことは映画の切り口のひとつになるという感想も述べていました。

これを受けて畑山教授は、災害時ではひとりの意志決定者にみんなが従うモデルではなく、現場レベルに複数の意志決定者がいる分散的なモデルが求められると指摘。「ガバナンス」の必要性を説きました。ガバナンスは統制や支配といった訳語があてられがちですが、その本質は現場に複数の意思決定者がいて、思い思いに判断しても自然とかみ合う状況が作れることです。畑山教授は小規模の災害であればマネジメントが利くが、大規模な災害ではガバナンスがなければ対処できないとしました。

原田教授は「映画は非日常を描くスペクタルでありつつ、新しい視点を示すプラットフォームだ」と指摘。畑山教授も(防災減災には)大きなシナリオを作りシミュレーションすることが大切だが、「極端な想定」でも「ありふれた想定」でもない中間のシナリオを立てるために映画から与えられるヒントは大きいと述べました。また、人は恐怖を忘れる性質を持つため、防災教育ではいたずらに「災害の恐怖」を示すだけでは効果が少なく、希望とともに困難を記憶する仕組みを持つ映画の可能性についても言及していました。

樋口監督は未来をどう提示するかという役割を持っているが、どういう未来があるのかの更新がここ30年、40年の間、停滞している面があるとし、これを「トラウマがイノベーションの邪魔をしている」状態と表現しました。また、これまでの映画では管理された社会が否定的に描かれてきたが、いい意味で管理された社会が提示できるようにならないといけないと思ったと述べました。

ディスカッションではこれ以外にも、都道府県など行政の区分を超えた連携の必要性、都市がスマート化した際、便利さを享受していたがゆえに住人は被災時の落差に悩むのではないかなど、重要な視点が示されました。

次回のプラットフォーム学セミナーは、水産・海洋資源をテーマに9月開催の予定です。

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