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2023.06.19

Vol.14『メタバースとプラットフォーム学』


Vol.14『メタバースとプラットフォーム学』

2022年10月6日に開催された「プラットフォーム学連続セミナーVol.14『メタバースとプラットフォーム学』」。Facebook社が社名を「Meta」に改名したことを契機に注目を集めた「メタバース」について、KDDIでスタートアップ投資をはじめ全社横断の新規事業等を統括し「バーチャル渋谷」を手掛けた中馬和彦氏、VR空間で人が集まることができるメタバースプラットフォーム「cluster」の企画開発・運営を行うクラスターの早瀬友裕氏が登壇し、メタバースの現状と今後の課題について議論が行われました。進行役は京都大学 プラットフォーム学卓越大学院 プログラムコーディネーターの原田博司教授が務めています。

●現在起こっているメタバースブームの背景にあるもの

まずは原田教授からプラットフォーム学卓越大学院プログラムの趣旨説明がされた上で、現代社会について、ハードウェア面では端末の高性能化とネットワークが4Gから高信頼・高セキュリティの5G、そして中央集権型と自律分散型を併用する6Gへとネットワークが進化していくとともに、サービス面でも「Pokemon GO」のような仮想空間でアバターを定義して遊ぶゲームを入り口として現実と仮想空間をつなぐ太いパイプが出来上がってきていると説明がありました。このネットワークを「PLAT(form)+NET(work)=PLAtNET」と呼び、本セミナーが「特定テーマにおけるPLAtNETのあり方を考える」という新しいフェーズの第1回目にあたり、「メタバースとプラットフォーム学の連携について考えていく」ことが開催の趣旨であることが述べられました。

続いて中馬氏からは現在のメタバースブームの背景が語られました。メタバースとは「アバターで体験するインターネット上の3D仮想空間サービス」であり、2007年の「セカンドライフ」から十余年経った今再び注目を集めている理由はパンデミックにあるといいます。自粛によってオンラインゲームで友達と遊ぶ時間が増えると、ゲーム以外のコミュニケーションが活発化してSNS化しました。セカンドライフをビフォアメタバースとすると、オンラインゲームのSNS化はプレメタバース、現在はWeb3(トークンやNFT等のブロックチェーン技術を使ったサービス)と融合した本格的なメタバースが出現しつつあります。それまでのメタバースとの違いは、ユーザーはプラットフォームに依存しない形でアイテムデータの所有や売買、制作などができるようになり、コンテンツの提供者はクローズドからオープンに、ユーザーの経済活動はPAY(支払いのみ)からEARN(収入を得ることも可)に変化してより実社会に近づくことだと中馬氏は予測しています。

早瀬氏は自社で運営するメタバースプラットフォーム「cluster」とメタバース研究所について解説しました。clusterはVRやスマホ、PCなどどこからでも遊べる国内最大級のメタバース。ゲームやイベントを作って遊べるプラットフォームの開発運営というコンシューマー向け事業では、DJイベントやハロウィンの仮装、ゲームを作って遊ぶなど、メタバース上に独自の巨大コミュニティを築いています。特徴的なのはclusterのシステム内部でアバターやワールド(ものや部屋やゲームなど)を作成できることです。作成したアバターを売買できるアバターマーケットでは7,700体(セミナーが開催された2022年春時点。2023年春では9,000体以上に増加)のアバターが販売され、公開されたワールド・ゲーム数は44,000以上もあるとのことです。また、同社のメタバース研究所では、clusterで得た大量の3D行動データを基にComputer Vision・Human Computer Interaction(ML×VR)・Brain Machine Interface(ML×BMI)の3つの領域について研究を進めています。アルゴリズムやML(機械学習)含む情報科学を使って人の創造力が高まった結果、メタバースとユーザーの境界が薄まって面白いものが出来上がっていくのを目指しているとのことです。

●人間が持つ多面性や多様性を表現・解放しやすい社会をメタバースが作っていく

セミナー後半では3者によるディスカッションが実施されました。

まず原田教授から、2020年に公開された投資家のマシュー・ボールによるメタバースの7つの定義が示されました。

1: Persistent(永続性)

2: Synchronous and live(同期・ライブ)

3: No cap to concurrent participants(同時接続数に制限なし)

4: Fully functioning economy(経済活動のフル機能)

5: Both digital & physical worlds(デジタル・物理空間の双方で活動)

6: Unprecedented interoperability(これまでにない相互運用性)

7: Wide range of contributors(幅広い関与者)

中馬氏は「Fully functioning economy(経済活動のフル機能)」について、デジタル空間での所有権が現時点で存在しない点や、メタバースにおける身体の拡張に伴う自由度への対応が必要だと主張しました。また「Unprecedented interoperability(これまでにない相互運用性)」の補足として、アバターや規格などの物理的な相互運用性と、自由の定義やジェンダー、アビューズなどの価値観としての相互運用性を分けて議論するのが重要だと語りました。

早瀬氏は7つの定義に含まれていないものとして、マウスを動かすとポインターが動くのが手の拡張に感じられるように、情報世界とインタラクションした時に自分の身体が拡張したように感じられる「身体性の拡張」を挙げました。原田教授はこの意見に対し、現実ではできないことができるようになるのもメタバースの特徴だと述べました。中馬氏は、メタバースがどこまで現実社会の代替性をもてるかという議論においては「身体性の拡張」は一旦除いてもいいのではないかと意見に対して早瀬氏も同意を示しました。

続く歴史認識では前半に中馬氏から語られた、2000年代にプレメタバースへと至らなかった要因は、主にデバイスやネットワークといったハードウェアの性能不足にある点を挙げました。それにより、超多人数で接続できなかったことや、マルチデバイスでアクセスできなかったことがユーザーにとっての課題となりました。また「セカンドライフ」はゲームでいうところの主目的がなく、仮想空間でのコミュニケーションそのものが目的だった点が新しかったと述べました。

技術的転換点・社会的背景について、中馬氏はパンデミックにより「オンラインでいい」という感覚の一般化が、自分たちの想定より2、3年早まったと感じていることを紹介。そのため現在は端末スペックが不十分な状態にあり、十分なGPUパワーを持つスマートフォンや高解像度で軽量なヘッドマウントディスプレイが普及するまで今のメタバースブームを繋げられるかがカギだと語ります。早瀬氏からはオープンソース文化が重要だという意見が述べられました。現在主体のゲームエンジンであるUnity自体はオープンソースではないが、Unityで使うためのギミックのアルゴリズムやシェーダーなどはウェブで共有してよいものを作ろうという文化が普及しているとのことです。

現状の課題・阻害するギャップを尋ねられた中馬氏は、7つの定義の「No cap to concurrent participants(同時接続数に制限なし)」を持ち出し、現状はどんなプラットフォームにも制限があると言います。ほぼ実行上問題ないレベルまで同時接続数が上げられるかが問題で、サーバーが落ちない・ユーザーが一定のクオリティで使える品質を保証するために制限をかけている状態なので、ここを限りなくノーキャップにもっていくかが課題になると言及しました。この課題に対し早瀬氏は、近くを高品質にして遠くを削減するといった情報量を減らすアルゴリズムなどで対処していて、クラスター研究所での研究も進めていると語ります。

ディスカッションの最後には、プラットフォーム学卓越大学院の履修生から事前に寄せられた質問に登壇者が回答しながら更に議論が展開されました。質問にはメタバースに関する技術的な課題に関する内容や、日本がこの分野で世界に先導するために必要なことなどが取り上げられ、その上で、人間が本来持っている多面性や多様性を表現・解放しやすい環境を提供することでメタバースが人間の幸福に寄与できるのではないかといった将来への期待についても活発な意見交換が実施されました。

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