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2023.06.19

Vol.15『ものづくりとプラットフォーム学』


Vol.15『ものづくりとプラットフォーム学』

2022年11月17日に「プラットフォーム学連続セミナーVol.15『ものづくりとプラットフォーム学 〜AIやロボットによる、多品種少量生産にも対応する製造工程のDX推進〜』」がオンラインにて開催されました。日本アイ・ビー・エムの坂本佳史氏、エイアイキューブの久保田由美恵氏が登壇し、坂本氏が主にIT利活用の視点から、そして久保田氏が産業用ロボット制御などOT (Operational Technology) 目線での現場ニーズをもとにAI開発に取り組む視点から、それぞれものづくりとプラットフォームの関係について解説を行うとともに、ものづくりに関わる定義づけや歴史、現状の課題や今後の展開についてディスカッションが行われました。進行役は京都大学 プラットフォーム学卓越大学院 プログラムコーディネーターの原田博司教授が務めています。

●少量多品種生産へ移行するものづくりにおいて何故デジタルツイン活用が必要なのか

セミナーテーマに関連して原田教授はまず、自身が関わった内閣府ImPACT(革新的研究開発推進プログラム)の「社会リスクを低減する超ビッグデータプラットフォーム」を紹介しました。このプログラムは実工場のデータを仮想空間でモデル化することで、健常状態と異常状態を検知して工場の生産性を上げていくことを主目的にしていましたが、ネックとなったのは工場が大規模であることと監視行動は時間頻度が数ミリ秒から数百ミリ秒と高く、頻度の高い情報を高速に扱わなくてはいけない点でした。そこで、仮想空間内のシミュレーション環境と実工場をデジタルツインで設置する「つながる工場シミュレータ」を開発し、稼働状態の差異を検知するAIを利用することで早期検知を可能にしようと取り組みました。これら事例を踏まえ、通信が高速化し、エッジコンピューティングも発展することで、これからの工場は「ネットワークでつながる」、少量多品種を一つの工場で生産する「マスカスタム」がキーとなる、とまとめました。

続いて坂本氏はエッジコンピューティングとデジタルツインに対する日本アイ・ビー・エムの取り組みについて説明を行いました。同社にて三十余年にわたり一貫してものづくり関わってきた坂本氏は、エッジコンピューティングはカメラや自動車、POSなどのエッジ・デバイスを窓口に多くの業務アプリケーションがクラウド上で稼働しており、その間にはデータを処理するカスタマー・エッジ、基地局での処理をするネットワーク・エッジがあると説明。エッジコンピューティングの事例として、完全に無人の単独自律航行で大西洋を横断した完全自動航行船メイフラワー号を挙げました。エッジ・デバイスに当たるメイフラワー号には波の高さや天候、水温のほか、マイクロプラスチックの量など学術研究用のデータを取得する各種センサーが搭載されており、収集されたデータは衛星回線を経由してクラウド上で処理されています。

デジタルツインについては「現実世界で得られるデータをモデリングして仮想空間で動かせるかどうか」が要であるとして、その具体例にAIスーツケースを紹介。これは目の不自由な人がGPSの届かない場所でもセンサー群を使って、誘導や行列に並ぶ、人を避けるといった社会的行動ができるようにするデジタル盲導犬のようなもので、人やスーツケースに装着された3Dライダーや光学カメラなどで現実空間(通路や壁、人など)を認識し、経路や社会的行動をシミュレーションした結果(右に曲がる、人を避けるなど)を、グリップの振動や音声で装着者に伝えます。グリップは多機能なインターフェイスになっており、指示(ゆっくり、列に並ぶなど)を伝えることでスーツケースが現実空間を誘導するという仕組みです。

エイアイキューブの代表取締役社長を務める久保田氏は、本セミナーの登壇依頼を受けて、改めて工場におけるプラットフォームについて考えたと語りました。エイアイキューブは産業用ロボットなどメカトロニクス製品の製造を行う安川電機の子会社で、“ものづくり現場で当たり前にAI技術が活用されている状態を作る”を目標に、integrated、intelligent、innovativeの3つのiをコンセプトにした「i3-Mechatronics(アイキューブメカトロニクス)」をソリューションコンセプトに掲げています。

まず、久保田氏は産業用ロボットにおけるIoTとAI活用の必然性について解説。安川電機におけるロボット活用は、正確性や多量・高速が重視される高生産性から、多才さや柔軟性、人との協調性に移行してきています。そのパラダイムシフトとして久保田氏が挙げたのが人協働ロボットの登場です。それまでの産業用ロボットは安全柵に囲まれた固定の場所で作業していましたが、人協働ロボットは安全柵レスの環境で人の間に入って協働作業を行うようになりました。現在では自走した先で必要な作業を行う自律走行ロボットが求められるようになり、そのために必要な判断能力を強化するためにAIが活用されています。

人協働ロボットの登場で自在性が向上したことにより、変化や不確定要素が多い現場(変種変量領域)においてもロボット活用による自動化が進んだ結果、デジタルツインの必然性も向上したと久保田氏は説明します。変種変量領域の自動化が達成されても、生産性が下がっては意味がないため、仮想空間での計画と現実空間での実行を一致させるためにデジタルツインが必然となるという道筋です。

また、工場の自動化にはITとOT(Operational Technology)との融合性も必然となります。従来は完了や異常検知などのステータスデータのみの制御でしたが、久保田氏が目指すのはステータスデータと機械の速度や位置といったプロセスデータをリアルタイムで制御することです。しかし、ITとOTはプレイヤー(情報システム/生産管理)もミッション(業務の管理・効率化/安定と品質)も異なるため融合はまだ進んでいない点を問題提起しました。工場の現場(OT)も、固定化された制御から制御の自在性とデータの一元性へと求められる要件が変化し、今までは空白だったIT側から見たOTプラットフォームも必要になってきていると述べました。

●生産現場の持つ課題をAIなどITの力で変革するにあたっての具体的な課題とは

後半のディスカッションパートは、まず原田教授からものづくりに関わるキーワードの定義から始まりました。ドイツで2011年に提唱された「インダストリー4.0」は、相互運用性、情報透明性、技術的補助、分散型決定の4つを設計原則に、スマート工場を中心としたエコシステムを構築し、製造プロセスの円滑化やバリューチェーンの変革、新規ビジネスモデルの構築を目指すものと定義されました。日本で2016年に提唱された「ソサエティー5.0」は、医療や農業、エネルギー、そして工場を含む工業などの各分野でDXを進め、仮想空間と現実空間を高度に融合させたうえで実際に社会問題を解決し価値創造をしていく未来社会の姿と定義されました。

インダストリー4.0について、久保田氏は現場目線では技術的要素はネックにならないが、日本企業の場合、必要以上の品質へのこだわり、再発防止の対応の違いが目的達成の阻害要因になっているかもしれない、ただし現在はそのメリットや必要性が認知されたため必然性が加速していくのを期待しているとの意見を述べました。スマート工場化についてグローバルな視点からの意見を求められた坂本氏は、半導体や自動車のような端から端まで設備機械が続いてコンピューター制御されているMES(Manufacturing Execution System:製造実行システム)が導入された大規模工場ではインダストリー4.0はすでに達成されているとする意見が多い一方で、少量多品種のような中小規模工場は人の労働力に頼る部分が多く、特にOTは匠の技術の継承といった属人性の高さがネックになっていると語りました。ただし、この部分に関して日本と外国の差はそれほど大きくないと感じており、リーマンショックを契機に品質第一からコストや納期も重視した結果、バランスを崩してしまい苦労しているというのが現状だと述べました。さらに久保田氏からは、MESからの制御に稼働データを加えて、計画→実行→再計画→実行のサイクルを回していくのが課題だという意見が加えられました。

日本のものづくりにおいてソサエティー5.0が実現されているか、という問い掛けに久保田氏は、デジタルツイン含むリアルとバーチャルの活用はITとOTをどう繋ぐか、今まで繋がりのなかったプレイヤーがどう会話していくかが肝要であり、リアルとバーチャルの間にあるデータを活用するためのプラットフォームがまだ見えてきていないと述べました。坂本氏は、日本はコンピューターサイエンスの教育不足からIT活用の偏りが大きく、対象領域に合わせたアダプテーションができていないことがITとOTの差を広げている大きな原因ではないかと提言。センサー類が得た信号がハードウェア内でどう処理されてデータとしてソフトウェアに渡されるかというコンピューターサイエンスの基礎が分かっていればITとOTの差は起きえないと語りました。この意見には久保田氏も同意し、今までは一点一点での最適化のみで全体を見ることが少なく、全員が同じ方向を向き始めたのが最近であるとの認識を示しました。原田教授からコンピューターサイエンス教育の不足の要因について尋ねられた坂本氏は、IT教育カリキュラムにコンピュータアーキテクチャがそもそも含まれていない、企業では一つの領域に特化した技術だけになってしまうため、基礎的な知識が身についていないためと回答。久保田氏は、会社に入ってくる若者たちは、自分たちの時代に比べれば基礎的な知識をもっている人が増えていると感じていると述べました。

ものづくりの将来を考えたとき、データレイヤーにおける懸念点を尋ねられた久保田氏は、ロボットを例に挙げて工場におけるデジタルツインを構成するデータのやり取りについて語りました。今までのロボットは繰り返し精度の高さで品質を担保していたため、動いた結果のデータを集めて何とかしようというデータレイヤー自体がありませんでした。自動化が進むと、完了や異常検知といったステータスデータは収集されるようになり、現在はその途中経過のデータレイヤーを加えようとしているところだと述べました。また、そのデータは時間軸が揃っていることが重要であると話すと坂本氏もこれに同意。問題が起きた時に機器から得たデータを工程順に見ていく必要があること、AIで学習・推論させる場合も時間軸が揃っていないと意味がないと主張しました。原田教授がこのようにデータを収集すると容量が膨大になるのではないかと疑問を投げかけると、久保田氏、坂本氏ともにデータダイエットの必要性を表明。久保田氏は不要なデータは削除する必要があるが、設計段階で組み込むことは難しく今後の課題だと述べました。

日本のものづくり産業の将来について久保田氏は、現在は前述したIT側から見たOTプラットフォームに、OT側からもIT側からも各プレイヤーが挑戦している段階であり、大企業など声の大きいプレイヤーが始めたら一気に進むのではないかと述べました。エッジコンピューティングの海外と日本の展開の違いについて尋ねられた坂本氏は、海外ではクラウドで作ったソフトウェアをエンドポイント(エッジ・デバイス)まで使えるようにしようと考えていると解説。日本の場合はエッジ・デバイスで何をやるかは考えるがクラウドとの連携は考えていないので、データが溜まるだけだったり性能が足りなくなったりと学習と推論のバランスが取れない傾向にあると分析しました。

将来の展望として久保田氏は、ロボットの自律化では最適化や経路探索など数ミリ秒単位のオーダーが必要な場面でまだ計算速度に課題があるとし、この問題を解決するために量子コンピューターや最先端技術が登場することを期待していると述べました。学生への提言を求められた坂本氏は、従来アカデミアの研究から実際に現場の技術になるまでは10年くらいのギャップがあったが、AI分野ではギャップがなくなるどころか実業界が先んじるケースも出てきているようになったとしたうえで、AIの場合モデルとデータはセットであり、精度の高いモデルを作りたいならそれに見合ったデータが必要になるため、AIを世の中で活用しようとするなら、モデルとデータ双方の品質を上げる必要があると語りました。

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