プラットフォーム学では、プラットフォームを「様々なアプリケーションが依存・共存する基盤」と定義している。基礎研究(シーズ)から短期間の成長とネットワーク効果の最大化を目指すスタートアップ企業は、産業において「必要とされる要素技術を生み出す源泉」という側面を持っている。
同時にアカデミズムの知見を社会実装につなげるという観点でも注目すべき役割を担い、様々な立場の人々が集い、課題解決の規模と速度を早めるためのシステムともみなすことができる。

京都大学 プラットフォーム学卓越大学院プログラムで2026年1月に開催された「スタートアップとプラットフォーム」と題した学生向けのイベントでは、一般社団法人スタートアップエコシステム協会 代表理事の藤本あゆみ氏が登壇。スタートアップビジネスの現在地点が語られるとともに、(特に日本の)スタートアップの周辺にある多くの課題の指摘もあった。
この春に開講する「Startup Business School(スタートアップビジネススクール)」はそんな課題に応えるため、海外の手法を取り入れながら、グローバル水準でスタートアップと支援者がともに学び、共に成長する共創型の教育プログラムだ。Startup Business Schoolを主催するFoundersNation株式会社の代表取締役CEOで、一般社団法人スタートアップエコシステム協会の副代表理事も勤めている名倉 勝氏にお話を伺った。
●スタートアップの成長は、様々な立場を持つ人の相互作用によって成り立つ
前述のイベントでも説明されたが、スタートアップのイノベーションが機能し、加速していくためには、単一の制度や組織に閉じず、複数の主体が相互に関係し合う構造が求められる。ステークホルダーとして具体的に考えられるのは、起業家、投資家、教育・研究機関、事業会社、行政機関などで、その関係性(特に資金や知財などの循環)はMIT(マサチューセッツ工科大学)在学時に携わったMIT REAP(Regional Entrepreneurship Acceleration Program)が提唱する「Innovation Ecosystem Stakeholder Model」においてシンプルに整理されている。成長を加速し、事業として継続していくためにはそれぞれの立場で取り組むべき課題があると名倉氏は指摘する。

例えば、起業家は単なる数の増加だけでなく、グローバルで勝てる「質」の向上が求められている。ディープテック領域では資金調達の多寡が研究開発の進展に与える影響が大きく、日米の資金規模の差が、成長スピードの差に直結しているとする。
教育・研究機関は、知識を育み、人材を輩出する源泉ではあるものの、研究成果の知財化・国際出願や、グローバルで活躍できるビジネス人材の育成など、成果や人材をエコシステムへと送り出す機能がまだ不十分だ。
事業会社はスタートアップ企業の顧客になるという側面があり、事業を継続するための資金や技術を活用するためのインフラを供給する役割を担う。しかしながら、日本の大大企業は意思決定に時間がかかることが多く、スタートアップが売上を得るために必要な「顧客としての機能」が日本では果たせないことも多い。これが成長を阻む要因になる。
また、日本では行政機関によるスタートアップ向けの資金供給は進んでいるが、重点的な投資が苦手で資金を「薄く広く」配分してしまう傾向がある。政府主導の支援体制などにはまだ改善の余地がある状況だ。
日本でスタートアップが根付いていくためには、こうした課題に対して個別の対応をしていくことが必要だ。エコシステム全体の機能向上を図っていくことが求められている。

●エコシステムという言葉の落とし穴
スタートアップの健全な成長に対して、こうしたエコシステムが重要であることは日本でも少しずつ認知されつつある状況だ。しかしながら、ひとくちにエコシステムと言っても、ITやAI、バイオテックなど業種や分野が変われば、顧客構造や資金の流れ、エグジット形態などが大きく異なってくる。一括りにして語ると議論が噛み合わなくなるといった課題もある。
また、特定の分野のみで完結するエコシステムは人材や資金の集中的な投入が可能になるため、一見効率的にも見えるが、資金や人材の流入を狭めてしまうリスクも持つ。特定の領域で突破力のあるプレーヤーがいる一方で、分野横断であるからこそ機能する投資家や支援者もいるため、日本全体あるいはグローバルな視点から俯瞰的に見る姿勢も求められる。各主体の役割や、その目的を見据えながら、それらがどのように作用し、どこにボトルネックが生じるのかを可視化していくことも必要だ。
エコシステムは固定された設計物ではなく、各主体の活動によって常に更新され続ける構造である。名倉氏は「スタートアップそのものだけでなく、それを取り巻く環境全体をどう理解し、どう機能させていくかを考える視点が求められる」と語っていた。
●グローバル展開を前提に学ぶ「Startup Business School」の挑戦
名倉氏が現在取り組んでいるのは、冒頭でも紹介したStartup Business Schoolの立ち上げだ。その背景には、日本においてグローバルに展開できるスタートアップがまだ少なく、「どこに向かえばいいのか」「何をどう進めればいいのか」が分からないまま成長機会を逃しているケースが多いという問題意識がある。

スタートアップは成長する過程で、戦略策定、ファイナンス、知財の権利化、法務、労務、採用など、数多くの経営課題に直面する。こうしたスタートアップの経営課題を体系的に学ぶ機会を提供することが、ビジネススクール設立の第一の目的となる。しかし、このスクールはスタートアップ(起業家)のみを対象とするものではない。対象は三分類されており、スタートアップ当事者、スタートアップ支援者、そしてこれからスタートアップに飛び込む人材が含まれる。これはスタートアップの成長には、起業家だけでなく、それを取り巻く支援者や環境を整える政策立案者の理解も不可欠だという考え方に基づいているためだ。
スタートアップを支えるメンターの育成は特に重視しているポイントだ。日本ではスタートアップを経験した人材が限られており、「メンターの数が足りない」ことが課題だと名倉氏は言う。その背景には、メンターに求められる資質が可視化・体系化されていないこと、業界専門性とスタートアップに関する知識をともに持つ人材が育成されていないこと、実際には十分なメンタリング能力がないにもかかわらず、メンターとしてスタートアップに関与する人材が存在し、誤った指摘によってスタートアップの時間を奪うといった悪影響を与えている可能性があることなどが挙げられる。
Startup Business Schoolが目指すのは、単なる知識提供ではない。海外のことを学べ、経営課題についてあらかじめ知ることができるプログラムだ。支援者や政策決定者もまたスタートアップの成長プロセスを理解することで、スタートアップをめぐる日本全体の地盤を強化していくことが目的だ。

Startup Business Schoolは2026年の4月に開講。初年度は東京都との協定により実施され、入門編として30名を対象に無料で受講可能になる。スタートアップが海外でスケールアップしていくまでに出会う経営課題を一通り理解することが、1年目の主要なアウトカムだ。その過程で、スタートアップの経営者や支援者が「グローバルに成長するとはどういうことか」を理解し、適切なタイミングで適切な支援を与え/受け入れられる状態を目指す。教育研究機関に所属する人はそこに在籍したままスタートアップの経営課題についての知識を得られる。
さらに今後1~2年をかけて、海外MBAで学べるような科目を充実させ、グローバルスタンダードでスタートアップ経営を体系的に学べるプログラムへと拡張していく計画だ。単発の講義ではなく、経営全体を俯瞰できる構造化された学びを提供することを志向している。
名倉氏は「日本ではこれまで、グローバル目線で体系的にスタートアップ経営を学べる場がなかった」と話す。こうした取り組みを待っていた人も多かったのだろう。実際、受講者募集では定員を大きく上回る応募が集まり、ニーズの高さが示された。名倉氏も「Startup Business Schoolによって、日本の社会が確実に変わっていくし、スタートアップエコシステムの発展もある。そして、スタートアップの成功例がいま以上に増えてくると信じています」とコメントしていた。
Startup Business Schoolが目指す、起業家や支援者、政策決定者が共に学び成長するエコシステムの構築。これは、リアル社会において人的ネットワークを内包した基盤を形成する取り組みと捉えることもできる。名倉氏は「日本ではこれまで、グローバル目線で体系的にスタートアップ経営を学べる場がなかった」と話す。こうした取り組みを待っていた人も多かったのだろう。実際、受講者募集では定員を大きく上回る応募が集まり、ニーズの高さが示された。名倉氏も「Startup Business Schoolによって、日本の社会が確実に変わっていくし、スタートアップエコシステムの発展もある。そして、スタートアップの成功例がいま以上に増えてくると信じています」とコメントしていた。
情報学、農学、防災、医学など多様な専門性を持つ学生が、自らの基礎研究(シーズ)を社会実装していくためには、こうした基盤の上で様々なステークホルダーとの関わりを維持し、深めていくことも求められる。学生たちが研究の先にあるビジネスという領域に飛び込み、自らの力でキャリアパスを切り開いていくための道標のひとつになるだろう。
書籍『プラットフォーム学Ⅱ』では「新たなプラットフォームを構築するためには、新たな技術・ユースケースが必要であり、これらを創出するためにはスタートアップ企業が必要であり、プラットフォームはスタートアップ企業で加速する」と書かれている。プラットフォームとスタートアップは両軸で進化するものだ、スタートアップビジネススクールのような取り組みは、その加速を導く要因になり得る。