「様々なアプリケーションが依存・共存する基盤」であるプラットフォーム。プラットフォーム学ではこうしたプラットフォームの構築に携われる人材を育成する観点からも、ケーススタディーの提供に力を入れている。
京都大学 プラットフォーム学卓越大学院プログラムでは2026年3月に「生物多様性をビジネスに ー市民科学プラットフォームの構築ー」と題した学生向けのイベントを開催。生物多様性分野に15年携わり、ボルネオ島の熱帯林にて2年以上野宿生活をする中で、環境保全を事業化することを決意して設立したバイオームの代表取締役 藤木庄五郎氏を講師に迎え、学生たちとコミュニケーションを取りながら、生物多様性とその保全の現況や市民参加による自然のインフラ化について議論した。

●生物多様性の現実と、ボルネオで見えた研究の限界
セミナーに登壇した藤木氏はバイオームを起業した当初、投資家から「京都に生き物好きのバカがいる」と揶揄されるほどのいきもの好きで、本人も「生物多様性にしか関心がなく、いきものが織りなす生物多様性は究極のシステムと思っていて、人生をかけて生物多様性喪失の問題に取り組んできた」と語る。その研究は京都大学大学院時代から始まり、実務としてすでに15年間、生物多様性分野に携わっている。
その藤木氏からまず語られたのは、地球規模で進行している生物多様性喪失の現状だ。2019年に国連のIPBESが発表した報告書では、約100万種の生物が絶滅の危機にあると指摘されている。また、脊椎動物の個体群は過去数十年で73%減少したというWWFの報告もあり、「完新世大量絶滅」とも呼ばれる急速な種の減少は、地球の生態系そのものの持続性が問われる段階に入っていると藤木氏は訴える。

国際社会で進めてきた対策はもちろんある。2010年には愛知県で開催されたCOP10(生物多様性条約 第10回 締約国会議)で「愛知ターゲット」と呼ばれる20の目標が設定されたが、10年後、完全達成は0、達成度が一定程度認められたものもわずかで、ほとんど成果が上がらなかったという。2022年のCOP15で新たな国際目標も定められたが、会議では「この10年が最後のチャンスになる」と、強い危機感が共有されていたという。
藤木氏がこうした生物多様性喪失の問題に取り組むことになったターニングポイントは、京都大学大学院時代に行ったボルネオ島でのフィールドワークだという。ボルネオ島は世界有数の生物多様性ホットスポットとして知られているが、その一方で森林破壊が急速に進んでいる。藤木氏はこの地域で生物の分布を調査するため、累計2年以上にわたって現地に滞在し、ほぼ野宿に近い生活を送りながら調査を続けた。

道のない森林を歩き続け、船で河川を移動し、簡易なテントを張って生活する調査は過酷な環境で、食料の確保も容易ではなく、現地の人々とともに狩猟をしながら調査した。その過酷さに、雇った作業員が耐えきれず夜逃げしたり、マラリアやデング熱で離脱者が出たり、最初は10人ほどで行っていた調査が、気がつくと3人だけになっていたという。藤木氏自身も熱病にかかり、ハエにたかられても体が動かせないほどの危険な状況に陥ったり、巨大なヘビや毒を持つ生物など、命の危険と隣り合わせだったという藤木氏の生々しい体験談はとても印象的だった。

このフィールドワークでは、森林のどの場所にどのような種が生息しているのかを現地調査で記録し、それを衛星画像の情報と組み合わせて生物多様性の分布を地図として可視化する「衛星リモートセンシング」による技術を開発した。データを衛星画像と組み合わせることで、生物多様性が高い地域と低い地域を比較可能な形で評価することができる仕組みで、数値化(デジタル化)が難しかった生態系の状態を数値として表現することが可能になった。

衛星リモートセンシング
●「壊すと儲かる」という社会構造
衛星リモートセンシングによる生物多様性の定量化という研究成果を得た藤木氏は、一つの壁にぶつかる。それは、生物多様性の問題の本質が、単にデータや知見の不足ではないという点だ。ボルネオの森林が、わずか数年の間に景観が一変するほど森林伐採が進み、鬱蒼と生い茂っていた熱帯林が、地平線まで見渡せる草地へと変わった現地の様子を目の当たりにした藤木氏は「なぜここまで徹底して森林が伐採されるのか」と強く考えるようになったと語る。

この自然破壊の原因は、木を伐って売ることによる利益。森林を伐採し、土地を農地やプランテーションなど別の用途に転換すれば経済的利益が生まれる。藤木氏は、現在の社会構造では「環境を壊すと儲かる力」が強く働いており、生物多様性保全が進まない根本的な理由だと感じたという。
研究が進み、科学的知見が蓄積されても、経済的なインセンティブが逆方向に働いている限り、森林破壊は止まらない。研究者として自然の状態を正確に記録するだけでは、この問題を解決することはできないのではないかと考え、「環境を壊すと儲かる」という構造を逆転させるという発想にたどりつく。
もし、環境を守ることで利益が生まれる仕組みを作ることができれば、生物多様性の保全は一気に進む可能性がある。破壊のスピードが速いのであれば、その力を逆向きに働かせればよい。環境保全を営利事業として成立させるモデルが作れれば、同じ仕組みを真似する企業が現れて広がっていく。その連鎖を生み出すことで、社会全体の構造を変えるという発想から生まれたのが、藤木氏が設立した生物多様性データプラットフォームを運営するバイオームだ。

インターネットではGAFAと呼ばれる巨大なプラットフォームが構築されている。その成り立ちは、Facebookは人間関係をデジタル化し、Xは社会の議論や意見をデジタル空間に集約し、Amazonは商品流通をデジタル化した。そしてGoogleは、それら膨大な情報を検索可能な形で整理することで巨大なプラットフォームを築いてきたと藤木氏は語る。

このプラットフォームに共通しているのは、現実世界に存在していたものをデジタル化し、社会の中で活用できる基盤へと変換したことだ。藤木氏は、生物多様性や自然環境も同じようにデジタル化することで、新たな価値を生み出す基盤になるのではないかと考えた。もし自然資本の情報をデータとして蓄積し、誰もが参照できる形で社会に提供できれば、その情報は企業活動や政策判断の中にも組み込まれていく。この発想から「自然資本のデジタルプラットフォーム」を構築するために生まれたのが、いきものコレクションアプリ「Biome」だ。
●いきものコレクションアプリ「Biome」が変えたデータ収集の構造
生態学の研究は正確さを追求する。しかし、正確な知見が社会の行動変容につながるとは限らない。自然の危機が叫ばれ続ける一方で、生物多様性の損失は止まらない。さらに、生物多様性の状態を正確に把握するためには現地データ、いわゆるグランドトゥルースが不可欠であり、その収集には膨大な時間とコストがかかる。研究者だけで広域の自然を継続的にモニタリングすることには限界がある。
そこで藤木氏が着目したのが、市民参加によるデータ収集だった。世界に存在する数十億台規模のスマートフォンが観測装置として機能すれば、生物多様性のデータ収集は飛躍的に拡大する。研究者が限られた人数で集めるのではなく、社会全体で自然を観測する仕組みを作る。「どう測るか」から「どうすれば社会が動くか」。その発想から生まれたのが、いきものコレクションアプリ「Biome」だ。

Biomeでは、ユーザーがスマートフォンで撮影した生き物の写真をAIが判定し、観察情報を図鑑として蓄積、地図上で可視化する。AI判定では画像だけでなく、観察された場所や季節などの生態学的情報も組み合わせることで精度を高めている。また、コレクション機能やクエスト機能などを取り入れることで、生き物を探す行為そのものをアウトドア体験として楽しめるアプリだ。

人を巻き込むためには楽しさが重要だと語る藤木氏は、環境保全を前面に出すと参加者は限られてしまうが、楽しみながら生き物を見つける体験を入り口にすれば、多くの人が自然と関わるようになり、その結果としてデータが集まり、環境保全に役立つ仕組みが成立すると語った。
現在Biomeは120万ダウンロードを突破し、日本中から1000万件以上の生物観察データが蓄積され、発見種数は5万種を超え、データは日々更新されている。現在日本にある学術的オカレンスデータの量を超えるデータがBiomeによって蓄積されてきていると推察される。こうして集まったデータは、環境条件や衛星データと組み合わせ、最小100m解像度での生息適地推定も行われている。複数モデルによるアンサンブル推定やバイアス補正など、さまざまな研究機関と連携しながら分析ノウハウを蓄積し続けている。

これは、Biomeが単なるアプリではないということを示している。データが継続的に流れ込み、モデルが改善され続ける。この継続性がプラットフォームであり、これまで研究室内で完結していたモデルが、社会規模で動き始め、自然資本がデジタル基盤として蓄積され始めたといえる。自然を守るという理念だけでは社会は動かないが、数値として、地図として、評価可能なデータが存在すれば、企業や行政の意思決定の中に組み込むことができる。自然資本の情報を社会の基盤として活用することができることをBiomeは証明している。
●自然を社会のインフラの一部として再定義するBiome
Biomeは単なるアプリではなく、生物多様性の情報を社会の基盤として活用する「自然資本のデジタルプラットフォーム」だ。社会の経済活動や土地利用、消費行動は自然環境に大きな影響を与えているが、その影響はこれまで可視化されることがほとんどなかった。企業の意思決定は売上やコスト、リスクといった指標を基に行われることが多く、生態系への影響や種の減少といった情報が評価軸の中に組み込まれていない。
Biomeによって整備されたデータは研究や保全活動だけでなく、企業や行政の取り組みにも活用され始めている。現在、自治体や官公庁との取引は約140件、企業との取引も900件を超え、企業の生物多様性保全やネイチャーポジティブの取り組みを支援するビジネスとしても展開されている。
また、大学との共同研究も進められており、複数の大学と連携しながら生物分布モデルの研究開発が行われている。市民が記録した観察データが、研究や政策、企業活動へとつながる循環が生まれつつあり、産官学民が同じデータ基盤の上で関わる新しい保全プロジェクトの形が生まれている。

さらにバイオームは、日本国内にとどまらず海外展開も進めている。インドネシアやガーナ、フィリピン、ブラジルなど各国の研究機関や団体と連携しながら、生物データの収集と分析の取り組みを広げており、将来的には世界規模の生物多様性データプラットフォームの構築を目指しているという。

環境保全はこれまでボランティアや公共政策として語られることが多かったが、ビジネスとして成立するモデルが生まれれば、その仕組みは広く社会に広がる可能性がある。藤木氏は研究者として培ってきた知識を基盤に、起業という手段を選び、生物多様性保全を社会の仕組みとして、参加型プラットフォームを実装する挑戦を続けている。
最後に藤木氏は、「市民を巻き込むプラットフォームに非常に強い力と可能性を感じています。皆さんも各々の課題に向き合っていると思いますが、世の中に残されている様々な課題を解決に向かわせられるよう、私自身も頑張りますし、皆様もぜひためらわずにチャレンジしていってくれれば嬉しいです」と語り、講演は終了した。
●学生たちとのディスカッション
京都大学 プラットフォーム学卓越大学院プログラムの学生向けイベントでは毎回登壇者と学生たちによるコミュニケーションを図る目的で、講演の後に質疑応答の時間が設けられている。今回のセミナーにおいても学生たちから多数の質問が寄せられ、藤木氏がそれに答えている。その一部分を紹介しよう。

●生物研究をビジネスにするということ
学生からの質問:生物系の研究をしていると、それをどうお金に変えていくのか難しいと感じます。バイオームを立ち上げたとき、どこに可能性を見出したのでしょうか。
藤木氏:正直に言うと、僕も最初はよく分かっていませんでした。生態学や生物多様性がビジネスになるという思いはあったものの、具体的にどう収益化できるのかは見えていなかったんです。
そこで僕が考えたのは、とにかく裾野を広くすることでした。分からないなら可能性を狭めない方がいいと思ったんです。起業当初は「魚に絞って釣りアプリを作ったらどうか」などのアドバイスも受けましたが、僕は絞ったら負けると感じました。
そこで生き物全体を対象にしたデータプラットフォームを作ることにしました。もちろんその分コストはかかりますが、市民参加型でデータを集める仕組みを作ることで、コストを抑えながら広い領域をカバーできるようにしました。
その結果、現在ではグリーンインフラやエコツーリズム、外来種対策、密猟・盗掘対策など、さまざまな分野でデータが活用されるようになっています。もし最初に釣りアプリに絞っていたら、こうした展開はできなかったと思います。
最初から「これなら必ず勝てる」というビジネスが見えることはほとんどありません。だからこそ、さまざまな可能性を受け止められるプラットフォームを作ることが重要だと考えています。
●企業・行政・市民、それぞれの役割
学生からの質問:企業として生物多様性の取り組みを進める中で、行政でないとできないことや、企業の限界を感じる場面はありますか。
藤木氏:それはたくさんあります。どうしても収益性が立たない領域というのは存在します。例えば環境省が行っている植生図の作成は、日本全国の植生パターンを現地調査してデータベース化し、10年や15年の単位で更新し続けるという非常に大規模な取り組みです。
もし同じことを企業がやれと言われても、採算はまず合いません。おそらく何十億円という費用がかかる一方で、直接的な収益はほとんど見込めないからです。しかしそのデータは日本にとって非常に重要な基盤になっています。
その意味では、企業が担うべき領域、行政が担うべき領域、そしてボランティアやNPO、NGOが担うべき領域がそれぞれあると思っています。地域の生物保全は、実際にはこうした市民活動によって支えられている部分も大きいです。
だからこそ、生物多様性の分野では産官学民が連携しながら役割分担していくことが不可欠だと感じています。
●生き物アプリはどうやって広がったのか
学生からの質問:アプリ「Biome」は現在多くの人に使われていますが、そこに至るまでにどのような工夫をしてきたのでしょうか。
藤木氏:テクニカルなものから哲学的なものまで、いろいろあります。まず大きいのは、ユーザーにとってこのアプリを使うことで人生が少し豊かになる、楽しいと感じてもらえるものにするという考え方です。そうした体験をどう作るかということを、最初から意識していました。
もう一つ意識していたのは、人の「可処分時間」です。休日に余った時間があったとき、人は映画を見に行くかもしれないし、アニメを見るかもしれないし、釣りに行くかもしれない。その中に「Biomeを使う」という選択肢を入れてもらわないといけません。
そこで僕たちは「マイクロアウトドア」というコンセプトを作りました。例えば釣りをしているときや散歩しているときなど、別の活動をしながらでも使えるようにすることで、他の趣味と競合しない形でアプリを使ってもらえるようにしたんです。
技術的な面では、アプリをリリースするタイミングでランキングに載ることも意識しました。ランキングに一度入るとダウンロードが増え、さらにランキングに入り続けるという好循環が生まれます。リリース当日は知り合いにも協力してもらい、とにかくダウンロードを集めてランキングに入ることを目標にしました。
またスタートアップなので広告費を大きくかけられないため、企業とのコラボレーションも積極的に行いました。大企業とのキャンペーンなどを実施することで、パートナー企業にアプリを紹介してもらい、広く知ってもらう仕組みを作っていきました。
●スタートアップと投資家の関係
学生からの質問:資金調達をすると投資家など多くのステークホルダーが関わってくると思います。IPOを急ぐようなプレッシャーなどはあるのでしょうか。
藤木氏:スタートアップでは、IPOを急げという圧力がかかることはよくあります。ただバイオームの場合は、ほとんどそういうプレッシャーはありません。
というのも、投資を受ける段階で、僕たちはかなり丁寧に説明をしてきました。生物多様性という分野は短期的に大きな利益が出るビジネスではありません。その前提を理解したうえで投資してもらっているので、短期の収益を強く求める投資家はあまりいないんです。
もちろんファンドには期限があるので、株式を他の投資家に移すセカンダリー取引が行われることはあります。ただバイオームの場合は会社が成長して株価も上がっているので、投資家側としても利益が出ています。そうなると特に不満が出ることもありません。
結局のところ、会社が着実に成長している限り、強いプレッシャーを受けることはあまりないというのが実感です。
藤木氏に今回の講演と学生たちとの質疑応答について尋ねたところ、「生物から起業まで幅広い質問で、興味関心の広さに驚きました。広く世の中のことに関心を持てることは素晴らしい資質ですので、その感性をこれからも大切にしてください」と言い、「核心を突く質問ばかりで、少しでも自分の糧になる情報を得ようという意思が伝わり、とても頼もしく感じました」とコメント。そして「世の中に残されている様々な課題を解決できるよう、私自身も頑張りますし、皆様もぜひためらわずにチャレンジしていってくれれば嬉しいです。これから社会に出て、仕事をする中でぜひ何かでご一緒できることを願っています」と感想を述べた。
自然情報を社会の基盤として再構築するバイオームの取り組みは、研究者、市民、企業、行政が同じデータ基盤上で関わり合う新たなプラットフォームと見ることもできる。生物多様性を可視化し、意思決定に組み込むためには、技術だけでなく、様々なレベルの参加者が継続的に接続する構造が必要だろう。
新たなプラットフォームの構築を学ぶ学生が、必要とされる技術やユースケースのひとつとしてバイオームの事例を知ることは有益な点が多いのではないだろうか。